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2012年6月3日日曜日

「第29回二人の会」(喜多六平太記念能楽堂・平成24年6月2日)

能「當麻」
シテ・香川靖嗣
ワキ・宝生閑
ワキツレ・宝生欣哉
ワキツレ・大日向寛
アイ・野村万作
後見・塩津哲生・中村邦生
笛・一噌仙幸
小鼓・成田達志
大鼓・国川純
太鼓・観世元伯
地謡・友枝昭世・粟谷能夫・大村定・粟谷明生・長島茂・友枝雄人・内田成信・金子敬一郎

伺うところによると「二人の会」も次回の30回が最終回とのことで、香川さんがシテをお勤めになるのはこの会では今回が最後。 その最後の番組は「當麻」。能が単なる演劇に留まらず、或る種の「奉納」としての機能を今尚喪なっていないと感じ、 とりわけ香川さんの舞台を拝見してきて、その思いを都度新たにしている私にとって、棹尾を飾るに相応しい最高の番組である。

能ではしばしば前シテとして登場する謎めいた人物が、何らかの執心により成仏することが出来ないでいるところを、 ワキの僧の回向により成仏をするという構造を持つが、この能では、囃子に呼び出されて前場で登場する化尼と呼ばれる 老いた尼は、彼女が伴う化女と呼ばれる若い女とともに、明らかにこの世ならぬ雰囲気を漂わせつつ、だがそこには憂いも鬱屈も 微塵も感じさせない。三熊野から大和路を経て京都に向かう途上であることを告げる聖もまた、喜多流では匿名の念仏聖ではなく、 間接的な仕方ではあるが、明らかに一遍という固有名を備えた人物であることが名乗りによって見所に明かされるのだが、 その聖に対して明かされる老尼の来訪の目的は「法事」である。同時に、舞台上の時間における「今」が時正の時節という季節の節目、 昼夜が等しくなる日、釈迦入滅の日というこれまた特定の日付を持った日であることが告げられる。「法事」とは特別な「日付」、 一回性の出来事を記憶し、それを繰り返し思い起こすことによって伝承する行為に他ならない。

こうした特定の日付の参照は実際には他の能でもしばしば起きているかも知れず、別に「當麻」の能に限られるわけではないの かも知れない。それこそ統計的な調査でもすれば客観的な事実が明らかになるのかも知れないが、にも関わらずそうした事実とは 別の位相で、この能を拝見していると、固有名をもった存在、一回性の出来事を記念する日付を記憶し伝えるための反復と いった側面がとりわけ強く感じられるという事実はなくならない。それはアイの門前の男の語りにも及び、そこでは(まるで後シテを 予告するかのように)中将姫が生身のまま浄土に赴いたとされる日付、皐月14日への言及がなされる。

実はワキの聖が出会った老尼と若い女は阿弥陀如来と観世音菩薩の化身に他ならず、後シテもまた、中将姫の精魂であり、 従ってここには成仏を願う心のベクトルもなければ、苦患の様を示しつつ遂には解脱するプロセスもない。中将姫伝説の総体のうちには 例えば継子虐めのようなモチーフも含まれるのだが、この能においてはそれは直接語られないし、伝説に基づくもう一つの能である 「雲雀山」での中将姫を守り抜く乳母の物狂いもまた、ここで語られることはない。「世の成り行き」の仮借なさと、そこでの暴力は 作品の外側においやられてしまい、この能の中では専ら、前場においては當麻曼荼羅の由来の中で生身の弥陀如来の来迎という 出来事が語られるし、後場の舞もひたすら浄土讃仰の舞であり、それらはいわば瞬間の裡への永遠の到来により絶対的な瞬間が (原理的には無限に)引き延ばされた断面なのだ。

決定的な瞬間とは、未来から 何かが到来するそれであり、例えばホワイトヘッドのプロセス形而上学における時間論の一解釈である「時の逆流」こそが事態を 適切に言い当てていると感じられるようなそれである。場違いを承知で自分の知る限り、類比できるものを探すとすれば、 例えば(背景となる筋書きも内容も全く異なるが)ゲーテの「ファウスト」の第2部終幕が要求し、マーラーが第8交響曲の 第2部で実現したような時間の流れが思い浮かぶ。表面的な否定の契機の不在についても並行しており、 「ファウスト」の終幕が繰り広げられる森深き山峡にも背後の文脈から射す死の影を読者が感じ取ることができることもまた、 ここでは二上山が(折口信夫の「死者の書」ではそれは明示的に扱われているのだが)死の影が差す場所であり、 それゆえ西方浄土のいわば「門」の如き存在であったことと並行しているかのようだ。 一方で、(それをここで詳述することは最早場違いとなるだろうから控えるが)一見したところ全く異質なものと思われるかも知れないが、 一回性の出来事が生じた「日付」を記憶し、「他なるもの」に向かう「対話」として詩を考えていたパウル・ツェランのこと、更には そうしたツェランの詩を取り上げ、一回性の出来事が反復によってしか他者には伝えることのできない構造についての 思考を、更には「芸術」と「崇高」の関わりの様相についての思考を繰り広げたジャック・デリダのことを思い浮かべずにはいられなかった こともまた、これは専ら自分の備忘のために書きとめておくことにする。

そうしたことから寧ろ雰囲気は脇能のそれに近接する感さえあるこの曲は、人物の解釈であるとか人間的な心理の過程の表現で あるとかといった水準での演出の斬新さのようなものを受け付けず、そうしたものの介在無しに寧ろ直接に演者の技量や心境が 問われるという意味で難曲であろうことは素人目にも明らかなことなのだが、この日の上演はシテの香川さんは勿論、ワキの宝生閑さん、 友枝昭世さん地頭の地謡、一噌仙幸の笛と国川さん、成田さんの大小に更に後場では観世元伯さんの太鼓が加わる囃子、 そして野村万作さんのアイ狂言と、全てが揃った理想的なものであった。永遠を閉じ込めた瞬間を拡大して示すことに成功した 演奏に接して、私は途轍もなく高密度に圧縮されたもので、寧ろ簡潔とさえ形容したくなるような不思議な時間感覚を味わった。 夢の中の時間の流れが現実の時間の長さとは無関係であるように、終わってみると一瞬のことのような、でもたった二時間程度とは 到底思えないような長い時間が経過したような感覚に囚われた。それはまさに「時の逆流」に相応しい圧倒的な経験であり、 能の上演自体が、「當麻」の作品の題材である決定的な出来事の反復そのものであるかのように感じられた。このような上演に よってこそ、或る日付を持った一回性の出来事が時間を通って記憶され、継承されていくに違いない。そうした上演に接することが できた僥倖に感謝したいと思う。能の上演時間の全体が、というわけではないにしても、思わず「奇跡」という言葉を使いたく なるような瞬間の訪れを幾たびとなく感じた。

印象に残った部分を挙げるのは、それが多すぎて困難な程であるのは香川さんの近年の演能では常のことになっているが、 特に圧倒的であったのは、前場の頂点、否、全曲の頂点と言っても良い當麻曼荼羅の由来を語るクセの部分。 地謡の謡いの克明さに、まるでその場に立ち会っているかのような感覚に戦慄を覚えた程。 一般的な意味での人間的な表情とは異なるのだが、化尼の表情がいつしか変わっていき、 文字通り生身では決して見ることのできない筈のものに遭遇しているような感覚に捕われ、軽い恐慌状態に 陥りかかったように感じる。そして引き続いて「音楽」が鳴り響く中、シテの昇天の足どりによって老尼が紫雲に昇って 二上山へと昇っていく様を、シテが橋掛りを通って揚幕に消えて中入りとなるまで、まるで当たり前のように観ることになる。 クセ以降の囃子の効果は、囃子の響きそのものが「音楽」の模倣・表現であるというのではなく、寧ろ聴こえないはずの「音楽」の、 そしてその聴こえない音響がもたらす万華鏡のような色彩の共感覚を暗示的に浮かびあがらせるかのようだ。

後半では、まず囃子に呼び出されて揚幕が上がって橋掛かりに中将姫が出現する瞬間が圧倒的である。 以前の三輪では作り物の幕が後見によって降ろされた瞬間に会場が声にならないどよめきのようなものに包まれたのを はっきりと覚えているが、今回も中将姫が橋掛かりに現れた瞬間、やはり会場が一瞬凍りついたような緊張に包まれたのが 感じられた。早舞では、かつてやはり香川さんが舞った翁を拝見した折に感じたような、身体の芯からじわじわと暖かみが 湧き上がってくるような感覚を再び経験する。勿論、段の区切りはあるし時間は経過しているのだが、にも関わらず停止した 瞬間の中にいるような不思議な感覚である。それは自分が何か別の秩序のリズムに同期している身体の感覚のもたらす ものなのかも知れない。

実のところ前日までの疲れが抜けきらず能楽堂を訪れたこともあって、「當麻」という作品が要求する緊張に自分がついて いけるかに懸念を感じていたのだが、それもまた素晴らしい上演の前には杞憂であった。逆に自分の中に蓄積した澱の ようなものが流れ出し、恰も新らしい身体を得たような気分で能楽堂を後にすることができたことを、香川さんをはじめとする 演者の方々への敬意と感謝の気持ちを篭めて最後に記しておきたいと思う。(2012.6.3,4)

2011年12月30日金曜日

「第28回二人の会」(喜多六平太記念能楽堂・平成23年12月23日)

能「松風」身留
シテ・香川靖嗣
ツレ・塩津哲生
ワキ・宝生欣哉
アイ・野村扇丞
後見・中村邦生・粟谷浩之
笛・一噌仙幸
小鼓・大倉源次郎
大鼓・柿原崇志
地謡・友枝昭世・粟谷能夫・大村定・長島茂・友枝雄人・内田成信・金子敬一郎・佐々木多門

今年の観能は震災直後の「朝長」とこの「松風」のみ。震災の影響もあるだろうし、それ以外の要因もあるだろうが、今年の後半は多忙を極め、 気力・体力の限界に近い状態が続く最中、「松風」を拝見することになってしまい、私は目黒に足を運ぶことを逡巡せざるを得なかった。 自分の体調のせいで、舞台の質に相応しく拝見できるかどうかについて、率直に言って全く自信が持てなかったのである。以前の「砧」も 異様な状況での拝見になったが、その時の感覚がトラウマのように自分の意識の奥底に澱んでいるのが生々しく思い起こされること自体が 現在の自分の状態を告げているようにも思えたのだ。

そして拝見し終えて後、その演能のあまりの素晴らしさに引き擦り込まれ、集中して拝見できた一方で、その感想を纏める段になれば、 そこで起きたことを果たして自分が十二分に受け止め得たかどうかについては心もとないこと夥しい状況であることをこうして事前に申し開きせざるを得ない。 既に拝見してから一週間が経過してしまったが、その間に自分の中で受け止めた印象を反芻し、整理し、あるいは熟成させることが出来た訳ではなく、 寧ろその逆に、再び相対せざるを得なかった多忙に紛れてしまいかねない状況であったのだ。そうした状況に抗しえて、心中に鮮烈に刻印されている 印象を僅かでも書き留めることができるとすれば、それは一にかかって演能の素晴らしさのもたらすもの以外あり得ない。 「申楽談義」には、この作品は「こと多き能なれども、これはよし」とあるが、まさにそれを実証するような、細部に亙り、隅々まで充実した 圧倒的な演能であった。何時にもまして、まず香川さんを始めとする演者の方々に対して御礼申し上げたい。

実を言えば、目黒に足を運ぶことに躊躇いを感じた理由の一つに、番組がまさに「松風」であるということがあった。これもまた全く私個人の問題で あって、他人から見れば理解しがたいであろう心理的な機制によって、例えば「朝長」のような追悼の、慰霊の能であればともかく、「松風」のような 能を、その作品に相応しく受容できる自信がなかったのである。

だがこの懸念もまた、演能そのものの質によってあっさり覆されることになった。ただし上記のような心境の人間が受け止めたものは非常に個別的で 客観性を欠いたものであることは容易に想像される。従って以下はあくまでも上記のような文脈でこの舞台を拝見した人間の印象ということで ご了承いただければと思う。

この演奏で何といっても印象的だったのは、その囃子の雰囲気である。劈頭の名乗りの笛から始まって、例外的な「真ノ一声」、「物着」のアシライ、 舞からキリへと全編にわたって、濃密な海の気配、そして交替する現実感、場を支配する感情の表出と、どれをとっても最高の演奏と感じられた。 特に圧倒されたのは、絶妙の間合いで打ち込まれた柿原さんの大鼓の音によって始まった「物着」のアシライで、「物着」が物語の流れの中断、 中入りなどではなく、紛れも無く作品構成上、最も重要な部分ですらあって、実際には動かずに後見が装束を替えるのを座して待つシテの心情が、 その前の部分から全く途切れる事無く、寧ろ堰を切ったように高まり、溢れていくのを目の当たりにした思いがして、不覚にも私は涙を堪えることができず 天井を仰ぐ他なかった。考えてみれば「物着」というのは松風が自分の意識の奥底の核心的な部分、彼女がこの世に最早存在していない にも関わらず、幽霊として出現せずにはいられない根拠に真直ぐと降りていくことそのものなのであるから寧ろ当然なのかも知れないが、そうした 知的な解釈による理解は、その場を支配する感情の力の途方もない強さの前に色褪せてしまう。

そして物着を終えて立ち上がった時の表情は、最早元のままではあり得ない。それは普通の言い方をすれば「憑かれた」状態ということなので あろうが、物着のアシライによって舞台を支配してしまった彼女の思念の強さ、立ち上がった彼女の表情は、見所が見るものの現実感の 遠近法を変えてしまう。見所は最早ワキの僧の視線でもなく、諫止する村雨の立場でもなく、松風の見るものにこそ最高の実在性を見出すのだ。 生者ではなく幽霊である筈のものが更に憑かれるというのは冷静に考えればそれ自体異様な状況だが、ここでは物着によって、あたかも松風が 実在性を獲得したかのような逆転が起き、その後の中の舞も破の舞も、見ている者にとっては、それこそが紛うかたなき現実としか思えない。

だがそれは、今回の演能に関して言えば、まさに「真ノ一声」によってシテが舞台に登場するところから周到に用意されていたようにさえ思える。 登場した時点から、村雨と松風の存在の在り様は、通常の演出であれば意図するであるような双子的な類似性からは程遠く、香川さんの 演じる松風の存在感は、人間を離れた何かのそれであり、村雨と強いコントラストをなす。村雨は旅の僧や(少なくとも最初の部分での)見所と 松風との媒介のような存在であって、だから最初は連吟を通してしか松風の声は届かない。松風が一人で語り始めると風景が変容し、 現実の須磨の浦ではなく、或る種ヴァーチャルな時空間の中で汐汲みが行われる。その後塩屋に宿を請う僧と問答するのも、まずは村雨であり、 再び連吟ののち、幽霊としての己を明かすところに至ってようやく松風の声が単独で響くのだ。松風の声が単独で響くと時空が歪み、ヴァーチャルな 世界に舞台が変容することが潮の満ち引きのように繰り返されるのは能ならではで、ワキの僧が立つ現実から、幽霊が出現する位相、幽霊である 松風の心象のヴァーチャルな位相、そして物着の後の位相と、幾つかの相を遍歴するのも、囃子と地謡の名人芸的な自在さによるものに違いない。 一噌仙幸さんの笛はそうした相の移行を告げ、大倉源次郎さんの小鼓は虚ろになる現実感を、柿原崇志さんの大鼓は満ちてくる感情の波の 高まりを自在に表出する。相の移行の後の場の定位を行うのは友枝さん地頭の地謡である。

このように書けば、如何にも作品を図式的に捉えたかの如き印象を与えるかも知れないが、事実はその逆で、見所に居る私は舞台で 繰り広げられるそうした多重的な世界の往還の傍観者ではなく、寧ろ同伴者のような感じで舞台の上の出来事を経験したのである。 非常に極端な言い方になるのを懼れずに言えば、物着の後、舞の間、私は松風の見た世界、しかも彼女が幽霊ではなく、実在で ありえたかも知れない世界を経験した、私は松風そのものであったとすら言いうるかも知れない。こうした経験を可能にするのが能という芸術 なのだということを改めて実感し、その力の大きさに圧倒されたのである。

まだまだ印象に残った細部は数知れない。今回特に印象的だったのは香川さんの謡が実に明晰で、面を通してでありながら、そのニュアンスの 多様さと併せて、詞が一字一句はっきりと聴き取れ、心の中に真直ぐに飛び込んで、それがたちまちに風景となり心情と化すことであった。 囃子も、地謡もそうだが、香川さんの謡も、物質的な音を聴くのでなく、そのまま意味内容が聴き手の心の中に響きわたり、風景が眼前に 繰り広げられ、心情が押し寄せてくるかのようであった。

「真ノ一声」で登場したのと対を為すように、破の舞の後、松風は「松に吹き来る、風」そのものと化す。最後に残ったワキの僧が留めるのは 常の通りであっても、去っていったのは風の精か何かのようで、そこには人間的な感情というのが最早ほとんどないかのようだ。残った松風の 中に立ち尽くす僧とともに現実に還る私は、だけれども、不思議と晴々とした気持ちになっていることに驚く。まるで能を拝見することで、 自分の中に蟠っていた澱のようなもの、固着していたシコリのようなものが一時、洗い流されたような気持ち、或る種のカタルシスを得たのだと思う。

ここから先は、再び私の個人的な文脈での連想を書き留めておくことをお許しいただきたい。私は今回の「松風」を拝見していて、それが自分の中に 封じ込めてあった風景に働きかける力を感じた。例えば汐汲みで松島が、千賀の塩竃が呼び出されるとき、それを「融」の能への間テキスト的な 参照としてよりは、震災の津波が押し寄せた、私の心の中に刻み込まれた東北の海岸の風景を呼び覚ますものとして受け止めた。突飛な連想、 こじつけであると頭では思っても、松風が抱く作り物の松を見て、そのまま陸前高田で、一本だけ津波に耐えて後、今や無慚にも立ち枯れつつある松の ことを思わずにはいられなかった。「松風」の能そのものは恋の執心の物語かも知れないし、そこには背景となる伝説があり、それは私の連想とは 全く関係のないものであることはわかっていても、震災と津波によって断ち切られてしまい、心の奥底に沈められてしまった数々の思いが、 物着の後立ち上がって松に向かう松風の姿に重なるのを止めることができなかった。「松風」という作品の見方として間違いであっても、 抗い難い力によって損なわれてしまったものの恢復を待ち続ける深い思いが、このようにして極限までの美しさを備えた上演によって、 これからもずっと後世に伝え続けられること、そしてその演能の中の一瞬、かりそめであったとしても、ヴァーチャルとリアルが反転して、 「あの松こそは行平よ」が真実になる瞬間を実現することができる芸術があることの重みを感じずにはいられない。

能は芸能であり、見る人を楽しませるものである一方で、常に奉納であり、そこには人間の祈りが込められているのだということを、今回私は身をもって 感じずには居られなかった。そして勿論、そうした認識はどんな演能であっても無条件に実現するようなものではありえない。そしてまた、 私が感じたカタルシスは、震災によって蒙った自分自身の傷に対するそれであったかも知れないとも思う。優れた能の上演は、病んだ心を癒し、 救う力を持っているのだ。だから最後に改めて、香川さんを始めとする演者の方々に、そしてこの上演を拝見する機会を与えて下さった方に 御礼申し上げて、この拙い感想の結びとしたい。(2011.12.30初稿)

2011年1月2日日曜日

「第26回二人の会」(喜多六平太記念能楽堂・平成22年12月23日)

能「井筒」段之序
シテ・香川靖嗣
ワキ・宝生欣哉
アイ・野村万作
後見・塩津哲生・中村邦生
笛・一噌仙幸
小鼓・大倉源次郎
大鼓・国川純
地謡・友枝昭世・粟谷能夫・長島茂・狩野了一・友枝雄人・内田成信・金子敬一郎・佐々木多門

身辺の多忙が昂進した挙句、顧みれば2010年に能舞台を訪れたのはわずかに2回、だが、1年の終りにこれだけは見逃すまいと期した一番が 「第26回二人の会」での香川さんの「井筒」。いつにもまして圧倒的な経験であり、その経験を書き留めるべき自分のことばの欠乏を前に呆然としつつ、 再び慌しい年末の日常に立ち戻らざるを得なかったものの、そこで受け止めたものの或る種の「異様さ」が、そこで演じられたものにたとえ遠く及ばずとも 己れの受け止めたものを言語化せずにおくことを許さないかのようで、言葉足らずになることを覚悟しつつ、ここに記録する次第である。 いつもながら補助席も一杯の見所に加え、いつもに増して多いカメラが、この一番を記憶する眼差し、証言をするであろう眼差しの多様とともに この一番の重みを物語る。それらの証言に伍することはもとより意図するところではない。ただ己れの受け止めたものの「異様さ」の導きに任せて 書き留めておきたい。

「井筒」を作者の世阿弥は「直(すぐ)なる能」と自ら評したというのが心のどこかにひっかかっていたのか、あるいはこれまで拝見した能や 仕舞の経験がそうさせたのか、私は「井筒」という作品を、豊饒ではあるけれど決して複雑ではない、奥行きに富んではいるけれど、 ある意味で抽象的な、言ってみれば時間の自己運動の如きものとして捉えていた。勿論ここでの時間というのは人間の意識のそれであるから、 決して人間的な感情と疎遠のものであるわけではないけれど、例えば、そうしたものが蒸留され抽象化された運動として序の舞を捉えていた。 だがこの日に拝見したそれは、そうした先入観を完膚なきまでに打ち砕く強度と、見る者の心の奥底にありながら、それを無意識の裡に抑圧する ことでやり過ごしていられるような不気味なものを引き出すような凄惨な美しさに満ちたものだったように思える。他所では過去の感情を浄化するもので ありえたかも知れない月の光は、ここでは決して澄み切ったノスタルジアを浸すものなどではなく、寧ろ見てはならないもの、だけれども見ずには居られないもの、 一度は抑圧して忘れようとしたものを浮かび上がらせ、再認させる媒体であるかのようだったし、序の舞もまた、懐かしさに充ちた回想へと解(ほど)けて行く 回想の時間性の運動などではなく、寧ろそのたゆとうようにゆっくりとした何時終わるとも知れぬ律動は、この世ならぬ狂おしさを帯びたものと感じられたのである。

囃子方が刻み、提示する時間も滑らかに流れるものではなく、寧ろ各段毎の変化が明確で、まるで場面が転換するごとに一階層降りた 部屋の扉が一つ開かれ、別の空気の流れ、別の光の調子に不連続に移行するかのようだ。それは寧ろ夢の論理に近くて、一見したところ 非連続で飛躍していながら、背後にある無意識の論理によりあたかもそうなるのが自然なことのように転轍が達成される。

前場の女性の表情は一見したところ穏やかで、慎ましやかでいて、心の奥底にある何かに憑りつかれたような虚ろさもまた漂っている感じがする。 実のところ私は、井筒の女の回想が満ち足りたものであるとすれば、なぜそうした満ち足りた回想が何度も反復されねばならないのか、 言い換えれば幽霊となって現れなければならない理由を訝しく思っていたのだが、今回の香川さんの演じる前場の里女の表情を見て、 私が作り上げてきた先入観があっさり覆されるのを感じずにはいられなかった。彼女もまた、道成寺の女と同様、あるいは松風と同様、 「救い」を求めて現れずにはいられないのだ。勿論彼女は感情を顕わにし、その強い情念を身体的な動きに転嫁したりはしない。 だが、あのイグセの部分の静かさの裡に、どんなにか深く激しい感情が篭められていることか。ふと移ろう表情が一瞬見せる、どこか絶望したような 翳りを見てとって、思わずぞっとせずにはいられない。年齢もまた不思議な揺れを示すかのようで、ある瞬間には幼女のような純真さがよぎったかと思えば、 ふとした折に、まるで老女と見紛うばかりの表情が垣間見られたりして、一見「直なる」作品のうちに複雑に畳み込まれた時間の重畳を見るかのようだ。

だから後場の序の舞もまた、ノスタルジアの、過去に向かって下降しながら解(ほど)ける時間などではない。否、そういう側面がない訳ではないだろうが、 到底それだけでは汲み尽せない、行き場のない、逼塞して滞るほかない想いが、もう一度自分の因って来る由縁を確認するために歩みだすかの如く、 底知れない感情が背後に隠れていることに気付かずにはいられない。「段之序」の小書きにより謡われる詞もそうした機序を強調する。 舞は過去に遡及することで自分が喪失したものを回復するための、癒しを、救いを求める心の動きそのものであるかのようだ。

舞い終えて後、井戸を覗き込むあの有名な型の部分もまた、正視するのが憚られるような痛々しさを私は感じずにはいられなかった。 彼女が井戸の水に映る姿に認めたのは、一体何だったのだろうか。舞の後、自分が喪失したものが回復されたことを彼女は再認できた だろうか。彼女の心の傷は恢復しただろうか。過去を遡り、己を虚しくして喪ったものに到達したその瞬間に、時間は逆転する。 井戸から顔を上げたのちの姿は正視に耐えぬ程に傷ましい。逃がし止めのように時間が弾け、彼女が待ち続けた時間の堆積が「老い」となって その表情に現れるかのようだ。いっぺんに老婆のような表情に面が変わる様は圧倒的で、生身の人間が演技して作り出す表情に優る、 仮面劇である能が持つパラドクシカルな凄みを再認した。

些か突飛な連想だが、私は井戸に映る己の姿を覗き込むもう一つの能、「蝉丸」の逆髪のことをふと思い浮かずには いられなかった。勿論、彼女達2人を並行して論じることはできない。井戸を覗き込むときの心持ちも、井戸の水に見出すものも、 逆髪と井筒の女ではほとんど正反対と言っても良いだろう。私には寧ろ、狂女であるはずの逆髪の方に澄み切った自己認識を、 美しく柔和であるはずの井筒の女の方に盲目的で無意識的な、そして決して癒されることのない狂おしくも絶望的な想いを感じずには いられない。彼女の心は恐らく癒されることなく、夜明けとともにひととき消えても再び、時間を折り返し、遡行しようとする舞は、 井戸を覗き込む所作は繰り返されるに違いない。井戸の水鏡の反映が呼び起す反復の裡に彼女は閉じ込められてしまっている。 もう一つだけ対照となる例を挙げれば、彼女は、例えば「定家」のシテのように墳に戻るのではない。香川さんが演じられた 式子内親王は痛々しい痩女でありながら、その序の舞は報恩の舞だし、少なくとも舞っているその瞬間、彼女の心は過去への 執着からは解き放たれていると確かに感じられたのに対し、井筒の女の舞は、それ自体、過去への執着そのものなのだし、 にも関わらず、あるいはそれゆえに一層、圧倒的に美しい。面の表情も柔和で、笑みを湛えていながら、どこかに道成寺の あの絶望的な悲しみを湛えた「蛇」の表情の美しさの影が揺曳する感覚を断ち切ることができない。

「直なる能」と言ったとき世阿弥が言わんとしたことを曲解しようというつもりはないけれど、この演能を拝見して感じたのは、 この能はある意味では、人間が救いを求めざるを得ないような心的な傷を巡っての物語を端的に、月の光と井戸の水鏡という シンプルな舞台装置を用いて率直に劇化したものであるといえるかもしれないということである。だがそこで展開される心の動きの 深さ、激しさ、表層の柔和さや雅やかさの背後にある不気味なものを抉り出したのは、シテの香川さん、そして友枝さん率いる地謡と 囃子方の力量によるものに違いない。繰り返しになるが、ここに記したのは例年にもまして能に接する機会を断たれた人間が一度きり 受け止めた甚だ一面的な印象に過ぎないし、その上、自分の容量と能力の限界に応じて、受け止めた僅かなものすら 十全に言語化できてないことを強調せずにはいられない。更にその上、その演能の凄みは寧ろ言語化される手前の深淵を開示 するものに違いないのである。香川さんの能を拝見していつも感じるのは、そこで展開される出来事が、自分の容量を遥かに超えた 豊かさを持つものであることだが、今回もそれを強く感じずにはいられなかったことを付記して一旦筆を擱くことにする。(2011.1.2,3)

2009年12月26日土曜日

「第24回二人の会」(宝生能楽堂・平成21年12月23日)

能「道成寺」
シテ・香川靖嗣
ワキ・宝生閑
ワキツレ・宝生欣哉
ワキツレ・御厨誠吾
アイ・山本東次郎
アイ・山本則重
後見・友枝昭世・中村邦生・高林白牛口二
鐘後見・塩津哲生・狩野了一・佐々木多門・塩津圭介・佐藤寛泰
笛・一噌幸弘
小鼓・飯田清一
大鼓・柿原崇志
太鼓・観世元伯
地謡・粟谷能夫・出雲康雅・粟谷明生・長嶋茂・友枝雄人・内田成信・金子敬一郎・粟谷充雄

「道成寺」の実演を拝見するのは初めてだが、これまで録音・録画などで観た限り、能としてはかなり特殊な作品といった印象を持っていた。若い能楽師の修行のプロセスで 「道成寺」の披きが重視されることもあり、有名な作品ではあるけれども、もともとが観世信光作の「鐘巻」の改作と言われているこの作品は、どちらかといえば技巧重視で、 見せ場は多いけれど心の中に消し難く印象が残るような強度を備えているようには思えなかった。拝見しての感想を一言で言えば、かなり特殊な作品という印象は変わらないが、 表面的で深みに欠けた作品であるという認識はどこかに吹き飛んでしまった。そればかりかこれまでに拝見した能の中でも屈指の、強烈な印象を残す、貴重な経験となった。

勿論それには、この番組を演じた方々の一人ひとりの高度な力量に加え、この番組にかける一種異様に感じられる程の凄みさえ感じさせる集中が決定的な寄与をしていたことに 疑問の余地はない。「道成寺」といえばまずは前場のクセを省かれたその空白に嵌め込まれたかのような乱拍子が有名で、シテと小鼓がクローズアップされることが多く、 勿論この上演でもそのやりとりは見事なものであったが、個人的には乱拍子に至るまでの緊張感の圧倒的な高まり、そして乱拍子の後の急の舞から鐘入りまでのドライブの凄まじさが 一層印象に残ったように感じている。乱拍子はもともと別系統の芸能から取り込まれたもののようで、通常の能の様式の持つ運動とは異なった感触が強いが、この点でもまた、 異様なのは乱拍子だけではなく、鐘入りをはじめとする垂直方向の動きの多さに加え、作品の構造自体の異様さ、更には構成原理が、いわば「崩壊の論理」とでも言うべきものに 拠っている点の方が強く印象に残った。とにかく最初から最後まで、凄まじいまでの緊張感に貫かれた圧倒的な上演で、その凄みを言葉で伝えることなどよく為し能うところではないが、 それでも順次、印象に残った点を書き留めて置きたい。

「道成寺」はワキの僧の詞から始まる。宝生閑さんの謡は最初から高い緊張感を湛えていて、曲の調子をはっきりと定めてしまう。アイの能力を演じる山本東次郎さんとのやりとりも 通常ならアイの語りに相当する縁起を述べる部分も圧倒的で、とりわけ縁起の部分はまるで眼前に光景が甦るような生々しさ。後場の蛇身との対決の力感、末尾の留め拍子の 晴れやかさも鮮やかで、この破格の作品の枠組みを揺ぎ無く支えていたように感じられた。

「道成寺」でも特にシテ方が下掛りの場合には、アイの役割の重要性が非常に高まり、アイが鐘を運び入れて釣る行為が作品中の演技として組み込まれる。こうした役柄では 山本家の技術の確かさと格調の高さは上演全体の緊張感と格に決定的に寄与しているように感じられた。鐘を釣るのは能力姿の山本則重さんだが、ミスの許されない重責を見事に 果たされ、一回で鐘を釣ることができたのは圧倒的で、その手際に応えるかのようにその後の演能の緊張が一気に高まったように感じられた。鐘を釣る一対の竹竿は山本則俊さん、 則秀さんが裃姿で運びこんで準備するのだが、そうした道具の扱いの隅々にまで気持ちが行き届き、様式的にも美しい所作で準備がされるのも圧巻であった。アイはこの能では まさに「狂言回し」という言葉に相応しく、ワキの僧が命じる禁を破って白拍子を招じ入れ、カタストロフを引き起こす原因を作るのだが、その能力を演じたのは山本東次郎さん。 宝生閑さんとのやりとりも素晴らしいが、なによりも鐘入りの後の間狂言での則重さんとのやりとりが素晴らしく、ほろ苦い滑稽感により客席から笑いを引き出しつつも、 自らの引き起こしたスキャンダルの成り行きに怯える心理を見事に表現していた。ワキとアイの演じる道成寺の僧と能力は今日風に言えば不祥事を起こした企業でその善後策に 奔走するような側面があると思うのだが、そうした危機感、緊張感が作品に厚みを持たせていたように私には感じられた。アイに関してはもう一言、ワキが留めて 曲が終わった後、この能では上がった鐘を再び降ろし、鐘を釣った綱を外し、鐘に巻いて仕舞う作業があるのだが、この役割は山本則俊さんを中心とした山本家の方々が担うことになる。 そしてこの際の所作がまた見事でかつ正確で、この素晴らしい演能に相応しいものであったことを追記しておきたい。作品としての能は既に終わっていたとしても、行為としての 能の上演はまだ終わっていない。それは恐らく演者が舞台を去って誰もいなくなったときに終わるのだろうが、この後者の意味合いにおいてもこの演能は実に印象深く感動的で、 思わず能がただの演劇ではなく、宗教的な奉納の要素を持つことに思いを致さざるを得ないような厳粛さに充ちていたと思う。一見能としては破格に見える「道成寺」が、ある意味では 最も能らしく深い宗教的な感覚を備えたものであることを強く感じた。

破格といえばこの能のシテの登場もまた風変わりで、名乗りの後、上げ歌で道行を謡ってツキゼリフとなるのだが、まず印象的だったのは道成寺に向かう白拍子の表情で、 劈頭に「結縁を望む」と語るとおり、登場から既にそれはまるで清姫の霊が救いを求めて現れたかのようで、一般に道成寺物でイメージされるような官能性とは程遠いものと 私には感じられた。従ってアイに鐘供養拝見を乞うやりとりも、アイが白拍子の容色に惑わされたというような一般的な説明を受け付けるようなものではなく、寧ろアイはシテの 異様な切迫感、救いを求める心の必死さに負けたのではないかとさえ感じられた。

そうした宗教的な救済を求める感情の横溢は今回の演能の主要なトーンを規定していたように思われる。一噌幸弘さんの笛も、どちらかといえば不気味で緊迫した 演奏でそうしたシテの心象を表出していたように思えたし、柿原崇志さんと飯田清一さんの大小、観世元伯さんの太鼓も、異様な程の緊迫感でシテの心の裡の激しい衝迫を告げていた。 とりわけ凄まじかったのは、乱拍子の前、大鼓がシテに挑むように打つ部分で、直後の乱拍子が脈絡なく嵌め込まれるのでなく、シテの気持ちの高まりと一致したかの ような印象を産み出していたように感じられた。全体を通して柿原さんの演奏は、いつも以上に気迫が籠っていて、作品の演奏に大きな音楽的な流れを作り出していたと思うし、 囃子方の演奏は、あたかも全体で別の一つの楽器であるかのような理想的なものであったと思われる。複数の楽器の合奏が別の一つ楽器となるというのは、 ヘルムート・ラッヘンマンが全く異なる現代の西欧現代音楽の文脈である種の目標として語っていることだが、それが能楽においてはこのように比喩ではなくごく当たり前の こととして実現しているのは圧巻である。

この作品は改作の過程で前場のクセが省略されることにより、地謡の役割は相対的に限定されているかのような印象があるが、粟谷能夫さん地頭の地謡の表現は、 冒頭から圧倒的な表現力を持っていて、囃子と相俟って作品の音楽的な流れを見事に制御していたように感じられた。

このようにワキ、アイ、囃子、地謡が素晴らしい緊張感を絶やすことなく、有機的に噛み合って作品を形作る理想的な条件の下での香川さんのシテは表現する言葉を 喪う程に圧倒的で、特に乱拍子の後の急の舞から鐘入りまでの一連の流れは、今思い出しても動悸が早まり、胸が苦しくなるような激しさを備えていて、烏帽子を 飛ばして鐘に挑みかかる部分あたりから、目頭が熱くなるのを堪えることができなくなってしまった。それが一般に言われるところの恋の執心であるかどうかは、少なくとも 私にとっては副次的なものに感じられる。彼女はかつて自らが破壊した鐘が再興された供養の折にこの寺に訪れることによって、救われることを求めてきたのだ。 だけれども、結果は彼女の望みどおりにはならず、またしても彼女はかつて自分が辿った破滅の途を再び辿ることになってしまう。烏帽子を飛ばして鐘に向かった彼女の 心境は、寧ろ端的な絶望、やはりこうなってしまうのかという諦念とどこにも行き場のない怒りがないまぜになった深くて激しい感情ではなかっただろうか。

そうした感情の奔流は、鐘が再び上がったときに蛇身に戻って(私はあえて「戻って」という言い方をしたいと思う)姿を現した時の、あの例えようのない眼の表情に 直面した時に再び私を襲うことになる。私は偶々ワキ柱の近くの席で拝見していたこともあって、ワキ越しにまともに正面からシテと相対することになってしまったのだ。 勿論それは人間の演者が面をつけて演技をしているのであって、所詮は仮象に過ぎない等と冷静に言ってみたところで、実際に拝見した時に自分が目の当たりに したものの衝撃の大きさの前では意味を持たない。確かに私はあの眼から気がこちらに向かってくるのを感じたのだし、蛇身である彼女の耐え難く、行き場の無い 深くて強い悲しみの感情の波をまともに被ってしまったのである。それは私が勝手に想像していた「道成寺」のイメージとは全く懸け離れたものであったが故に、 全くの不意打ちであった私もまた、その感情の波に呑まれてしまい、その後を涙無しで見ることができなかった。

「道成寺」は、能としては異例な垂直方向の運動が非常に目立つ作品であるけれど、今回の演能を拝見して感じたのは、そうした動きが作品の構造の中で 心理的な区切りの機能をしているということであった。例えば乱拍子にしても、実際に拝見して印象的だったのは、小鼓の間合いを計る部分よりもその後に 打たれる段毎の句読点の持つ心理的な効果の方だったし、これは他の作品でも普通におこなわる足拍子が、この作品の脈絡ではいつもとは少し違って、 あたかもその後に来る「崩壊」のプロセスを呼び寄せる機能を果たしているような感じを受けたのである。この能では、高まった緊張は頂点に達した後、 まるで相転移現象を起こしたかのように突如として崩壊し、そのことによって次のフェーズへの移行が行われるのである。最も大きな崩壊は、勿論鐘入りの 鐘の落下と同時の飛び込みであるし、次は僧に祈り伏せられて橋掛かりで飛び上がって安座する部分だろう。最後の崩壊は、 日高川に飛び込むべく、揚幕に向かって飛び込む部分である。

こうした展開の仕方をする能は思いつく限りでは他に類例が見当たらず、それゆえやはりこの「道成寺」という作品は能としては特殊なのではないかという 印象となるのだが、牽強付会の謗りを覚悟にあえて類比したものを求めるのであれば、私はマーラーの交響曲の一部が備えている「崩壊の論理」と 呼ばれている構造原理が最も近いのではないかという気がする。勿論この点についてきちんとした論証をするのは現在の自分の手には能力的にも 時間的にも到底負えない課題だが、今回の演能から受けた印象に最も近いものを探すとすれば、私の場合、マーラーの第6交響曲のフィナーレ(第4楽章)が まず思い浮かぶのである。マーラーはこの作品で伝統的な形式を限界まで拡張し、そこにハンマーのような異質な楽器、非音楽的な音響を 持ち込み、しかもその音響を作品の構造上の決定的な地点での相転移のきっかけとして用いることで、通常想定しているのとは全く逆のやり方で 作品をいわば否定的に構成してみせた。それと似たような構造上の感触を「道成寺」に私は強く感じるのである。

だがそれよりも何よりも決定的なのは、烏帽子を飛ばして鐘入りする時の白拍子の絶望の表情であり、鐘が上がったときに観た、あの例えようもなく 深い悲しみの表情である。恐らくはそれを私は決して忘れることができないだろう。きっと誰もが心のどこかに潜ませていて、だから決して未知ではなく、 けれども常には安全に閉じ込めておける感情、けれどもそれゆえに祈りが、救済が必要とされる動因となるような心の動きが、この「道成寺」という 作品には際立って純粋な、生でむき出しな形で息づいている。「道成寺」が能の中で特別視されるのは決して故ないことではないのだろう。通常の能と 異なって救済の失敗を内在する論理によって組み替えられたこの作品には、にも関わらず(あるいはそれ故に)、 能の持つ超越的なものへの感覚、宗教的なものへの結びつきのいわば「根」にあたるものがもっとも純粋な形で息づいているのだ。今回の演能はそうした根源的なものを 余す事無く開示したという点で、比類のない圧倒的なものだったのだと思う。こうした演能に接することができた幸運に感謝するとともに、香川さんを はじめとする演者の方々に御礼を申し上げることでこの感想の結びとしたい。(2009.12.26初稿, 12.31加筆,2010.2.15読者のご指摘を受け、鐘入りの 部分の所作を「飛び上がっての安座」ではなく、「飛び込み」に訂正。ご指摘に感謝します。)

2009年1月10日土曜日

「第22回二人の会」喜多實先生二十三回忌追善(喜多六平太記念能楽堂・平成20年12月23日)

能「定家」
シテ・香川靖嗣
ワキ・宝生閑
ワキツレ・宝生欣哉・則久英志
アイ・野村万作
後見・高林白牛口二・中村邦生
笛・一噌仙幸
小鼓・大倉源次郎
大鼓・柿原崇志
地謡・友枝昭世・塩津哲生・出雲康雅・大村定・長島茂・狩野了一・大島輝久・内田成信

能の上演は一回性のもので、それは過ぎ去っていく宿命を帯びている。一方でその一回性が「奇跡」が成立する条件を構成するのだろう。 歴史に刻み込まれるような瞬間は、それが二度と繰り返されない、取替えの利かないものであるからこそ、時を経ても決して色褪せることのない 輝きを放つのだろう。こうした事情は何も能の上演に限ったことではないが、こと自分の経験に照らした時に、能はそうした側面をとりわけ強く備えているように 感じられる。そしてこの上演を終えた後、直ちに私はその場に居合わせることができた幸運を思った。そしてそうした気持ちは今でも変わらない。そればかりか 寧ろ益々強まっているくらいなのだ。観た自分がいつかこの世から滅したのちも語り継がれていくような、永続的な価値のあるものに、自己にゆるされた 限られた時間の裡で出会えることは何と素晴らしいことか。だからまず、シテの香川さんをはじめとする演者の方々に感謝の言葉を述べたい。

禅竹の能である「定家」は暗示的で多様な解釈を受け容れる或る種の曖昧さを備えているので、色々なやり方が可能だし、そうした解釈が徹底した場合には 素晴らしいものになるのはすでに経験済みであり、それだけに今回の演能が、作品にどのような光を当てるのか大きな期待を抱いて目黒の舞台に赴いたのだが、 私が拝見したものは、私個人のそうした興味などを遙かに超えた、あえて「完璧」という形容をしたくなるような一つの世界を呈示するものだった。 言葉が追いつかないのは、優れた演能を拝見した時にいつも感じることではあるが、今回はもう書くのを止めて沈黙することを選びたくなるほどその世界は 完成されていて、純粋なものであった。だからここではほんの断片的な印象を記すことしかできない。そう、今回については、自分が永久に、自分が受け止めた ものに追いつけないことが直ちにわかってしまったので、何を書いても仕様がない、という気持ちを抑えることができないでいるのである。

実際、この舞台にかける演者の方々の意気込みも並々ならぬものを感じさせ、囃子とワキによって為される前場の雨の降り込める寒々とした 風景のリアリティは、ワキと見所の視線の同化という言い古された表現を、実質を備えた重みあるものとする。風景の持つ色彩はくすんでいるが、 この上演では、全く色を喪い、完全に枯れ果てた荒涼ではない。墳は過ぎ去った時間の経過の長さを感じさせても、葛は命を失っていない。 季節の移ろいに従いはしても、それはそうした大きな秩序の一部であるかのように、長い時間の中を生き続けているのだということを感じさせる。 そしてそのような印象は、シテの持つ不思議な存在感と調和して、眼前の風景が人間的なものを超えた秩序を垣間見させるもので あることを示唆するかのようだ。

能を拝見して最も強く感じたのは、人間の卑小な感情や思念を超えた、もっと大きな秩序の存在だろうか。香川さんのシテは、前場も後場も、 その装束からして、人間であるよりは寧ろ、葛の精のような純粋さと透明さと品格を備えている。前場の面もどこか陰影を秘めているし、後場もまた、 痛々しい痩女なのだが、恐らくは小町物のような老女物においてと似たような感じで、それは冒しがたい気品と、純粋さ、強さを備えていて、美しい。 後場で葛に覆われた墳から式子内親王の霊が出現するところでは、香川さんの演能ではよくあることではあるのだが、見所のどよめきとも溜め息とも つかない反応が広がる。

序の舞の時間の流れをどのように形容したら良いだろうか。私は、それがいつか終わって、彼女が墳に戻ることをどこかで知っている。それは あらずじを知っているからとか、そういった作品世界の外側の知識や文脈が齎すものであるというよりは、その舞の持つ内的なリズムがそれを 内包しているというべきだろう。それと同時に、その舞は一回性のものではなく、永遠に繰り返されるのだろう、だからある意味ではそれは 永遠に等しいのだということもまた、感じずにはいられない。見るものの一生よりもそれは遙かに長く繰り返されるのだ。これまでもそうだったし、 これからもそうだろう。喜多流独特であるらしい、たどたどしい運びによる舞の持つリズムは、それが恋の妄執の苦しみの表現であるといった ような説明を受け付けないような、ほとんど人間的な感情からは離れてしまった存在のあり方の象徴であるかのようだ。そしてそれは 過去の幸福を偲んでのではなく、確かに報恩の舞なのだ、と私には感じられた。少なくとも舞っているその瞬間、彼女の心は過去への 執着からは解き放たれているのだ。一瞬、何段目のどこであったかは記憶していないが、時間の方向の感覚が完全に喪われるのを感じる。「永遠」の出来。

そうした宙吊りにされた時間を、まるで始めからそうすることが定められていたかのように彼女自らが断ち切り、舞が終わると彼女は墳に戻り、うずくまり、 扇で顔を隠す。能はここで終わるが、物語はそうではない。それはきっと反復されるに違いない、それは人間の秩序を超えたより大きな秩序、 ヘルダーリンの最晩年の断片に垣間見られるような非人称的な宇宙のリズムとでもいうべきものに通じているように感じられ、あるいはそのようにしてまた、 舞はきっと繰り返されるに違いないというように私には思われた。

劈頭に降り込めていた雨の音は終演時には聴こえたであろうか。否、私には、葛がひっそりと、けれどもしっかりと、永遠の劫の流れの中に佇んでいる ように感じられた。時刻がいつなのか、季節がいつなのかもわからない、そうした時空の中に葛に覆われた墳を見たように感じられた。 その感覚を私はうまく言葉にすることができない。一つだけ、そうした終演の雰囲気のなかで謡われた「融」末尾の、あの詞章が、私にはその場に 如何にも相応しいように感じられたことは記録しておきたい。後は、それがそれ自体、独自の確固たる世界を持っていて、だから、私がその場で感じたことの 如何なる説明にも、注釈にもならないことを断った上でなお、帰路に思い起こさずには居られなかったある詩の断片を以下に掲げておきたい。

野は荒涼として 遙かな山の上に
ただ青い空が輝いている、いくつもの小径のように
自然の現われるのは 同じようだ、吹く風は
爽やかに、自然はただ明るさにつつまれている。

大地の円は天空に包まれているのが見える
昼のうち また 明るい夜
空高く星くずの現われ出でるとき
そして 広く広がった生はいっそう霊的になる

(ヘルダーリン「冬」野村一郎訳)

*   *   *

素晴らしい演能を可能にする条件の一つに、見所の雰囲気があるということもまた今回強く感じられたことで、いつもにも増して張り詰めた雰囲気と 深い静寂は、この一度きりの演能に立ち会う見所の期待の大きさ、集中の高さを物語るとともに、そうした見所の静かな気迫が演者の気持ちと 触れ合って、この歴史に残るであろう上演を引き出したように思われる。そうした方々に交じって演能に立ち会えたことに感謝したいと思う。

最後になってしまったが、この催しは勿論、「定家」一番よりなっていたわけではなく、塩津さんの舞囃子「春日龍神」を劈頭に喜多流の名手の 仕舞三番を含む豪華な番組で、先代宗家の追善に相応しく、喜多流の実力の高さを印象づけるもので、帰路、口々にそのような感想を語り合う 見巧者と思しき方々が何組もいらしたことが、そのレベルの高さを物語っていよう。個人的にはとりわけ友枝昭世さんの仕舞「歌占」はいつもながら 何か異次元のものと感じられた。上述の通り、追善ゆえ番組の最後は「融」の結びで締めくくられたが、その詞が如何にも直截に心に響き、確かにこれは今日の 名人の方々を育てられた先代宗家にとって最高の追善であったに違いないと感じられた。

残念ながら、私には今回の演能がどんなに圧倒的なものであったかを、自分が受け取ったものに見合ったレベルで書き残すことができない。だがそれは、 自分が受け取ったもの以上のもの、自分の受容能力を超えて、もっともっと高い価値のあるものであったに違いないのだ。この文章は演能の価値に 比べれば全く不十分なのである。だから是非、当日見所に居られた方々に、より的確な記録を認められることをお願いせずにいられない。私よりも より的確に演能の価値を理解でき、また、それを書き留めることができる方々が見所には数多く居られたに違いないのだから。この上演を拝見した 者はそれを語り継がなければならない、とさえ私には感じられるのだ。それゆえ、この文章は未定稿のまま留まるだろう。手を加え、あたう限り、少しでも 自分が受け止めたものに近づけていかなければと思っている。(2009.1.10 未定稿のまま公開)