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2009年8月26日水曜日

「平成21年喜多流素謡・仕舞の会」(喜多六平太記念能楽堂・平成21年8月25日)

仕舞「柏崎」道行
シテ・香川靖嗣
地謡・狩野了一・金子敬一郎・粟谷充雄・粟谷浩之

「柏崎」は能を一度拝見したけれど、全体としては話が整理されていない 感じで、やや印象が散漫な中、今回取り上げられた道行きの部分だけは その場所が自分にとって馴染みのあるという個人的な理由もあって鮮明に 記憶していたのだが、今回のお仕舞は風景と心象のリアリティにおいて それを更に超えた力を備えたものに感じられた。木島、浅野、井上といった 地名が詠み込まれた謡が進む中、香川さんの舞はお仕舞であるにも関わらず、 その人となりや心持ち、自分でも制御できない心の深い部分からの 衝動によって善光寺へと歩む心の状態で会場を充たしてしまう。それは やはりある種の宗教的な感情に違いなく、この心の動きこそが善光寺で 彼女を待ち受ける劇的な再会を無意識の裡に予感しているに違いない。 そして見所はその道行きを外から眺めるのではなく、彼女が見て感じる風景をともに 経験するのだ。千曲川に沿って善光寺に向かう途中、浅野に差し掛かったところで 雪が舞い始めるところで、思わず私は落涙しそうになった。柏崎の物語が どのような実話に基づくものか詳らかにしないが、時代も違えば状況も 違うけれども、私もまた雪の降りしきる北信の地の空気を、その地を 囲む山々を知っていて、その風景を媒介にそうした過去の記憶と己とが 出会って、その心に触れ、同化する。そうした化学反応のような自分の 心の変化をまざまざと経験することができた。このお仕舞でやっと私は 我に返った思いがしたのである。

2003年10月13日月曜日

「平成15年喜多流素謡・仕舞の会」(喜多六平太記念能楽堂・平成15年10月12日)

素謡「玉葛」
シテ・香川靖嗣
ワキ・大村定
地謡・友枝昭世・香川靖嗣・塩津哲生・内田安信・佐々木宗生・大村定・谷大作・佐藤章雄・友枝雄人・粟谷浩之

「玉葛」は能で2回観ているにも関わらず、今ひとつよくわからないと思っていた曲なのだが、やはり、 この演奏を聴いてようやく納得することができたように思える。この曲は、道具立て的には大変に美しく、 前半の紅葉の中を流れる川の風景などは大変に鮮やかなものだが、今回、特に印象的だったのが、 その「流れていく」という感じ、移動と移行の感覚だ。移動が水(川であったり海であったりする)と 結びつくのは自然なのだが、個人的に特に印象深かったのは、風景の中に雨が降り入ってくることに よる移ろいの感覚だ。この移行は(客観的なテキスト分析の立場からどうかは措くとして)観ている私の意識の 中では決定的なものに思えた。これは言葉にするのがとても難しいのだが、あえて言えば、為すすべの無さ、 寄る辺のなさ、流されているうちは眩しかった風景が、どこに辿り着くというわけでもなく、気づいたとき には変容していて、雨の中に立ちつくすしかなくなってしまった、けれども、引き返すことはできないし、 しない、流されていくしかない、という、落胆が混じった諦めのような感覚の表象のように思えたのだ。
上述の通り、私はこの演奏を聴いて、「玉葛」が往生を遂げることができずに苦しんでいる理由がようやく 自分なりに納得できたように感じられたのだが、それがその感覚とどこまで関係あるかどうかはわからない。 演奏が終わった後、私が連想したのは「求塚」だった。勿論、作品の質は全く異なるのだが、あの、選ぶことが できなかったというそれだけの理由で救いを絶たれた菟名日処女と、流れに棹差しているようで、結局は 紅葉もろとも雨に降り込められてしまうしかない玉葛とが、その受動性において重なるような気がしたのだ。 いずれについても仏教的な倫理観に基づくもので、今日的ではない、という考えもあるようだけれども、 私は必ずしもそうは思わない。こういう感じの違和感、寄る辺無さというのは、実はとても深い絶望に つながっているのではないかという気がして、心理的な機序としては自然であるようにすら思えるので。
今回の素謡は大変に説得力があったので、一度是非、香川さんのシテで「玉葛」観てみたい。

2002年8月28日水曜日

「平成14年喜多流素謡・仕舞の会」(喜多六平太記念能楽堂・平成14年8月27日)

仕舞「歌占」キリ
シテ・香川靖嗣
地謡・粟谷明生・中村邦生・長島茂・友枝雄人

キリの地獄の様を見せる描写の鮮やかさ。一つ一つの動作に篭められた気をはっきりと感じることの できる素晴らしい仕舞。無駄な部分、緩んだ部分がなく、最後まで一気にみせられるのはいつもの 事なのだが、本当に素晴らしい。