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2018年8月25日土曜日

「第114回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成30年8月11日)

「第114回川崎市定期能」第2部
能「融」

シテ・香川靖嗣
ワキ・宝生欣哉
アイ・竹山悠樹
後見・友枝昭世・狩野了一
笛・栗林祐輔
小鼓・森貴史
大鼓・大倉慶乃助
太鼓・林雄一郎
地謡・長島茂・金子敬一郎・友枝雄人・内田成信・大島輝久・佐々木多門

*   *   *
「融」を拝見しに川崎能楽堂を訪れる。香川さんの「融」は2度目。記憶する限り、香川さんの演能で同一演目を2度拝見するのは初めてではないか。前回の記録を紐解くと、喜多流職分会2002年11月自主公演能(喜多六平太記念能楽堂・2002年11月24日)の最後の演目だったようだ。ワキ・工藤和哉、アイ・三宅右矩、後見・佐々木宗生・内田安信、笛・一噌幸弘、小鼓・大倉源次郎、大鼓・柿原崇志、太鼓・金春惣右衛門、地謡・大島政允・出雲康雅・粟谷明生・梅津忠弘・松井彬・金子敬一郎・佐々木多門・大島輝久という演者による演能で、当時はまだ能を定期的に拝見するようになって間もなくのことで、メモ書き程度の短い感想として、「「融」はシテの姿の美しさが何よりも印象的。月の光が満ち溢れるような透明感、高貴さの 中に時折ふと執着の相を垣間見せる融の大臣の表情に驚いた。終結で天上へと戻っていく様は 鮮やかで、ワキの僧の留拍子に思わず、今まで眼前に繰り広げられた光景への驚きの気持ちを 投影してしまった。」と書き留めてあるだけ。だが、この舌足らずの短い感想を書いたことはほとんど忘れてしまっていても、演能そのものの印象の方は、遥かに強く、消し難く刻印されていて、とりわけても後場の舞の鮮やかさと、舞台に溢れる月の光の感じは褪せることなく、15年もの歳月が経過したことに驚いた。

以下、今回の観能の感想を記すが、いつもの通り、それは多分に私の個人的な文脈が影響したものとならざるを得ない。シテは同じでも、ワキ、アイ、地謡、囃子方も異なる。いや、同じ演者であっても15年間の様々な経験があるのだが、それ以上に、目黒の舞台と川崎能楽堂の違いから始まって、当日の体調や心理状態に加え、こちらもまた(観能に留まらない)様々な経験と、その延長にある直近の文脈(何に関心を抱いているか、或はもっと端的に、その時に読みかかっている本は何かetc.)とが観能の方向性を決定づけることは避け難い。それを前提に、端的な印象を述べれば、何よりも今回、この「融」という能が、今日的な言葉で言えば、ヴァーチャル・リアリティを巡っての、だが実際にはその言葉が通常持っている意味合いを超えて、ヴァーチャリティそのものについて、数百年の年月を超えてなおますます光輝を増すかにさえ見える透徹した認識と、その可能性の徹底した展開の達成を強く感じたということになるだろうか。それはまた、これは恐らく狭くて客席と舞台との距離が非常に近いこの能楽堂の特性もあって、特に前場の、如何にも世阿弥らしい僧と潮汲みの翁の対話を通じて浮かび挙がってくる「風景」の強烈なリアリティあってのことに違いない。

*   *   *

開演時間は15:00で、前に狂言一番の後、休憩なしでお調べが聞こえてきて、そのまま「融」の舞台となる。客席はほぼ満席(中正面奥に若干の補助席が出ていたかも知れない)、外は今年の夏の異常な高温で、連日の「猛暑日」で空気が体温近くまで熱せられているのだが、能楽堂の中はうって変わって、行き届いた空調で、客席に長時間坐っただけだと、肌寒さを覚えるかもしれないくらい。それでも、ライトに照らされた舞台は、演者にとっては過酷な暑さに違いなく、実際に狂言が終わったあと、後見が舞台に落ちた汗を拭った程。一方では客席には毛布が配られて、配慮の行き届いた公演と感じられた。

いつもの通り、地謡は客席の大きさもあって長島さんを地頭とする若手(もう中堅と呼ぶべきかもしれないが)6人。こちれも若手による囃子方ともども空間一杯に音を響かせるが、舞台との距離もあり、(恐らくは演者にとってはそれに応じた工夫をされていると想像される)橋掛かりの短さもあって、正面後方からも橋掛かりでの謡がはっきりと聞き取れ、囃子と交差しても聴き取れなくなることはない。謡や仕舞を御自分もされるような方や研究者であれば詞章を諳んじておられるだろうが、そうではない私のような万年初心者には、その場で詞章がはっきり聴き取れるのは大変に有難く、最初に述べた前場のリアリティにも与っていたに違いない。

*   *   *

舞台の近さはまた、特に正先にシテが出たときの存在感、その身体に篭められた気が見所に直接伝わる迫力をもたらす。それが能の伝統的な拝見の仕方からしてどうなのかは詳らかにしないが、例えば前場の名所教えの部分では、あたかも自分がワキツレになったかのような心持で、シテやワキの見やる方向を一緒に眺めるといった感じになる。実際には、かつて六条河原院があった現実の場所に行っても(後世、河原院を模して作られたとされる捗成園があり、河原町、本塩竃町という地名が残り、河原町通の東、高瀬川沿いには河原院跡の立て札が立てられていはするけれど)、今見える景色は当然、同一のものではありえない。だが見所の私が、潮汲みの翁と諸国一見の僧とともに見る風景は、「ありえたかもしれない」「かつて」の河原院からの風景なのである。今でも見ることのできるであろう音羽山から始まって、南に転じて稲荷山、深草山、伏見、西に転じて大原、小塩の山といった地名もそうだし、能が演じられている間、それを拝見している我々がいる河原院跡の風景もまたそうであろう。

だが、では「かつて」とはそもそも何時の事なのか?作品が作られた世阿弥の時代の河原院跡なのか?それともそこを訪れた僧が、融の霊である潮汲みの翁に導かれて幻視する、その当時を基準にしても既に「かつて」のものであった、融が生きていた時代のそれなのか?いや、推敲の故事を踏まえて描き出されるその池の風景は、或は先ほど響いていたのではと思い当たる門を叩く音は、現実の出来事であるというよりは、世阿弥が編み上げた仮想の空間でのそれ、「芸術」のみが産み出すことのできる「ありえたかもしれない」風景ではないのか?

勿論、それを現実に舞台の上に現出させるのは、シテを始めとする演者の技量である。何もない舞台で、装束と面と潮汲み桶の小道具による仮装のみによって、そこに潮汲みの翁が現われ、しかもその存在感は詞章の進行に応じて微妙に濃淡を変える。それに応じて現われては消えていく幾つもの時空を異にする世界を自在に行き来することを可能にするその力は、テクノロジーに支えられた今日の仮想現実に遜色ないどころか、専ら知覚や感覚を騙す技術に依拠するそれよりも、人間の備えている想像力のポテンシャルを汲み尽すという点で勝っているとさえ言えるのではなかろうか。

だが、勿論、作品の出来、演者の技量はあれど、それらは能の作品一般に言えることだろうことは、数々の名作を香川さんの舞台で拝見してきた経験から断言できることであって、冒頭に述べた印象は、それに加えて、この「融」という作品が持っている性格によるものなのではないかと思う。

*   *   *

源融というのは実在の人物ではあるが、この作品の典拠になっているのは、一つには作品の舞台となった河原院の造営の故事であり、もう一つはその没後に起きた怪異に関する伝承のようだ。後者は例えば「江談抄」、あるいは「古事談」「今昔物語」に収められているが、それ自体が能のプロットにできそうな話であり、実際に、観阿弥作とも言われる古作の能は、寧ろそちらに近いらしい。荒廃した河原院を訪れた僧といえば、有名な「八重葎」の歌を詠んだ恵慶がいるが、同じく定家により選ばれた「陸奥の…」の歌が、遡及的に怪異譚を生み出すのに影響があったという見方はできないだろうか?だが世阿弥作の現行曲は、河原院造営の故事拠りつつ、後者については、既に荒廃している河原院を訪れた僧の前に融の霊が出現するという構造のみを借りているようであるけれど、前場がピークに差し掛かったところで、突然手を打って、何かに思い当たって我に還るところ、あるいは後場での名乗りには、怪異譚の翳が差しているという解釈も可能だろうが、舞台の印象は、寧ろ、今日の感覚からすれば権力者の道楽といった醒めた見方も可能な程の、或はそこに執念を感じ取ることさえできそうな、異郷の風景をこの場に再現しようとする思いの強さが勝っているようだ。膨大な人手をかけて、かなりの距離のある難波からわざわざ潮を運び、それを使って自邸で塩を焼いたという伝承は、今日的には、これまたヴァーチャル・リアリティの試みでなくてなんであろう。そして仮装現実の維持は、それが規模の大きな、徹底したものであればあるほど大きなコストを要することになる。恵慶がそうであるように、ワキの僧もまた、そうした夢の跡の廃墟を目の当たりにすることになる。

そしてその廃墟に、一時だけかつての仮想現実を甦らせるのは、今度は言葉の力、芸術の力なのだ。そしてそれは河原院という場所さえ離れて、数百年の年月の隔たりを超えて、何もない能舞台の上に、ありえたかもしれない現実の様々な相を現出させる。冷静に観れば、少なくとも前場は、僧が訪れた現実の河原院の廃墟の中で物語が進行していることになるのだが、見所が舞台上に見る風景は、それに留まらない。空間と時間が常とは異なる仕方で繋がっている、特殊な時空を経験することになる。現在の河原院辺りの風景を確認しようとすれば、今や現地を訪れなくてもGoogle Street Viewのようなツールを介して、仮想的に諸国を一見することが可能になっている。だが、舞台で繰り広げられている時空は、そうした現実の劣化したコピーではない。人間の持つ想像力の限りを尽した、「ありえたかもしれない」、だが現実にはどこにもない、「極東の架空の島」の或る場所がそこに現出しているのではなかろうか。

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そんなものは幻に過ぎない、実は存在しないのだ、と言うだろうか?だが、近年の研究によれば、生々しい現実感を伴う「現実」の知覚の「感じ」は、実際には情報処理の結果、編集されて、あたかもそうであるように思いこまされているに過ぎない、ということがわかってきている。それをもって「現実」そのものを虚構、幻想と見做す消去主義的な立場もあるが、私見ではそれはクオリアは存在しないとする立場と同様、不毛なものに感じられる。それは言ってみれば、向こう側にしか存在しない判断基準がこちら側にないことを根拠に、区別自体をないものと見做す誤謬に基づくものであり、一見して先入観や臆見を批判しているようでいて、実際には、そうすることにより自分だけは特権的な立場にいると思い込む夜郎自大に過ぎない。かてて加えて、もし手前に区別すべき多様な存在の様態があるのであれば、非実在のもとにそれらを葬るのではなく、それらについての存在論を編み上げるべきなのだと思われてならない。観能の感想を超えてしまうので、ここでは目配せをするに留めるが、例えばネルソン・グッドマン的な意味での「世界の制作」として「芸術」を考えることから折り返すようなアプローチが考えられるだろう。「心」そのものではなく、「心」が作り出す「作品」(マーラー風には、それはまさに「世界」の制作に他ならない)を通して「心」と「現実」とに接近することができるのではないか。

ある哲学者は、テクノロジーの発達により将来可能になるとされる人間のサイボーグ化に関して、実は人間はもともと、言語を獲得し、文字を獲得し、アーカイブを外部に蓄積することを始めた時からサイボーグのようなものであり、その身体は生物学的な身体を超えた広がりを持っているし、その心は決して生物個体の中に閉じ込められているわけでもないという主張をしているが、もしそうであれば、それを実感するために、何も最新のテクノロジーなど必要としない筈である。そして実際に、この日に演じられた「融」の能は、まさにそのことを実感させるような強さと深さを持ったものであったと私には感じられた。そして同時に、人を欺く技術としてのヴァーチャル・リアリティーではなく(融が河原院造営で目指したのは、一見そのように見えたとしても、そういうことではなかった筈であるし、少なくとも、それをこの不朽の名作に作品化した世阿弥の意図は別にあった筈だ)、ヴァーチャリティーに向けて開かれた人間の想像力と創造力こそが解き明かすべき領域なのではないか、というようなことを演能の記憶を反芻しつつ思わずにはいられない。少なくとも演能が開示した世界の豊かさと広がりは、私のような人間には到底汲み尽くし得ないような程のものなのだ。同じ作品の同じシテの演能も、時を隔て、場所を違えれば、都度新しく、より深く、広がりあるものとなることにも素直に圧倒されざるを得ない。だがそもそも、実は私の能力のせいで、これだけの豊かさを一度で汲みつくすことはできないのではないかという気もする。それほどまでに細部の隅々にわたるまで気の行き届いた世界は、卑小な自分が住まっていると思い為している現実で完結しているわけでは決してなく、「私」を超えて無限に広がっていて、それは原理的に「私」には汲み尽せないのだ。些か抽象的な言い方になるが、この日の観能が私に語ることを要約すれば、行き着くのはそうした認識のように思われる。(2018年8月25日公開)

2016年8月28日日曜日

「第108回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成28年8月6日)


「第108回川崎市定期能」第1部
能「六浦」

シテ・香川靖嗣
ワキ・森常好
ワキツレ・森常太郎
アイ・山本泰太郎
後見・友枝雄人・友枝雄太郎
笛・栗林祐輔
小鼓・森貴史
大鼓・大倉慶乃助
太鼓・小寺真佐人
地謡・大村定・中村邦生・長島茂・友枝真也・谷友矩・塩津圭介

*   *   *
能を拝見することには、或る種の非日常的な出来事の追体験といった側面があるように思われる。 それは能舞台での演能を介した仮想的な経験であり、決して現実の経験ではない。 「追体験」、という言い方をしたが、実のところ、オリジナルの体験すら仮想のものであっても 構わない。実際、多くの能が取材するのは史実そのものではなく、先行する文学作品であり、 全くの虚構の物語の架空の登場人物をシテとする作品も珍しくない。その一方で、そうした虚構が 現実の世界と持つ接点の中で、その出来事が生じたとされる特定の場所が占める割合は決して 小さくはないのであろう。能であれば謡蹟巡りであろうが、これは別に能に限った訳ではなく、 作品の舞台となった場所を訪れる、いわゆる「聖地巡礼」は、現代においても世代を超えて尚、 途絶えることはないようだ。

と、上記のようなことからこの感想を書き出したのは、川崎能楽堂で拝見したこの日の番組が、 「六浦」であったからに他ならない。JR川崎駅から程近い川崎能楽堂に向かう途中、京浜急行の高架が 望めるが、その京浜急行は「六浦」の舞台である称名寺のある金沢八景へと通じている。 金沢八景は現在でこそ地名になっているが、元来は、六浦村・金沢村一帯の風物を、瀟相八景に 倣って選んだもの(同工のものとして「近江八景」が著名であろう)であり、 その中には能の舞台である称名寺の晩鐘(「称名晩鐘」)も含まれる。 実際には開発の進んだ現在の金沢八景近郊に昔日の面影を見出すのは難しいのは、他の多くの謡蹟と同じ、 作品が霊感を受け取った風景は、逆説的に今や作品の中にのみ残っていると言うべきであるとはいえ、 月がどこに沈み、日がどちらから上がるといったような詞が産み出す作品の空間が 現実に知っている風景の記憶に重なり合う経験は一種独特のものがあるように感じられる。 そうしたことが起きることで、逆に自分が作品の世界の中に、肉体を備え、光や空気の調子を 具体的に感じ取ることができる存在として定位し、恰もその世界で生きているかのような感覚が 一層強くなって、その風景の中に棲む登場人物の思いを、まるで現実に出会ったかのように 受けとめることができるように感じられるのだ。

そうした体験は、近年目覚しい発達を遂げている仮想現実、拡張現実のテクノロジーによって、 遠くはない将来にはごく当たり前のものになるのかも知れないが、例えば巷で話題のゲームが 惹き起こす現実との齟齬を見聞するにつけても、能楽の備えているポテンシャルの大きさには 圧倒されずには居られない。

一例だけ挙げれば、以前、香川さんのお仕舞で「柏崎」の 道行の部分を拝見したことがあるが、偶々私がその経路の一部を何度か実際に訪れたことがあり、 風景の記憶を持っていたために、物狂いとなって善光寺に向かうシテの想いを、何よりもまず 身体的なものとして受けとめてしまい、打ちのめされてしまったのであった。 一曲の能ではないから、時間にすれば数分足らず、装束もつけず、囃子も伴わないお仕舞にも関わらず、 それが産み出すリアリティは今でも自分がその時に見たと感じた風景を思い出すことができ、 その時の心理状態を思い出せる程まで克明なものであった。 勿論、数百年の年月を隔てて私が見た風景と、彼女が見た風景が同じものである訳はなく、 だからここで問題なのは、具体的に測定できる細部の現実との類似の度合い等ではないし、もっと言えば、 彼女が具体的な実在の誰かをどこまで忠実になぞった人物であるかすら問題ではないのだ。

説明のために出来事のタイプとトークンの区別を持ち出せば、ここではトークン間の類似度が 問題になっているのではないのだ。作品として蒸留・抽象され、結晶化された経験のタイプと、 そのタイプに(可能的に)属しうるトークンとの間のゆらぎが演奏によって惹き起こされ、 それによって「経験」が可能となるという消息が問題になっているのであり、純粋なタイプも トークンも現実においてはいずれも抽象に過ぎない。演奏が惹き起こす経験というのは 一見すると非現実的なものと捉えられがちだが、それは実は現実の経験と形式的には 何ら異なることがなく、寧ろ常に作動している「想像力/構想力」を介した人間の「経験」の 原基の如きものとさえ言いうるかも知れないのである。かくして能を拝見することは、 逆説的に、現実よりもより生々しい「経験」の場であるとさえ言えるかも知れないのだ。

*   *   *
前置きが長くなったが、今回「六浦」の舞台を拝見して、その体験を反芻しつつ考えたのは 実際、上記のようなことであったのである。勿論それは、能であれば自動的に保証されるという ものではない。現実よりも生々しい「経験」を可能にするのは、先ずは単(ひとえ)に演者の 技量であろう。とりわけ「六浦」という作品について言えば、これは極限的な状況に置かれた 人間の心理を扱ったものではないし、荘厳な宗教的経験であったり、圧倒的な呪術的強度を 備えて見所を捉えてしまうような類の作品ではない。序の舞が舞われる典型的な蔓物ではあるが、 その舞は報恩のそれであり、シテである楓の精は離れがたい妄執に囚われ、救済を求めて ワキの僧の前に現われる訳ではない。構成も切り詰めすぎの感すらある程に簡潔であり、 鄙びた風情の中にも、落ち着いて気品のある小品といった趣のこのような作品は、賢しらな 解釈を受け付ける余地のない分、演者の技量を要するのではないかという気がする。

今回の演奏は囃方は若手で固められ、川崎能楽堂での演奏の常で、小じんまりとした能楽堂のサイズに あわせて6人の地謡も前列も若々しい顔ぶれであったが、それもまたこの作品の持つ、屈折なく 素直な曲柄を考えればプラスに寄与したように思われる。喜多流は他の流儀と異なって、 演出上も色無しとはしないのが常のようだが、この日の装束、特に後場のそれは 白の長絹(紐が緑色でアクセントとなっている)に萌黄色の大口で、 青葉の楓の永遠の若々しさ、透明で純粋な心をもつ一方で、歌に詠まれて名を上げた後は 身を退くという含羞とも謙虚とも取れる身の処し方を貫いてきた楓の精の、 もしかしたら純朴とも見える程に控え目でありつつ、一本筋の通った存在様態に相応しいものと 感じられた。

実は「六浦」は能の上演をこれまで何度か拝見しており、記憶する限りこれが3度目になる。 私のように人生も半ばに達してから能を拝見するようになり、しかも多忙にかまけて、 その頻度といえば年に数回という人間の場合、いわゆる名作・人気曲の類すら未だ実演に接する 機会を得ない作品が数多あることを思えば、やや例外的といって良いが、いずれも喜多流の 他の方がシテを勤められた過去の上演(後場の装束は萌黄色の長絹に緋の大口であったと記憶する)と 比べて、何よりもまず印象的であったのが、シテの持つ透明感と気品であり、 それは人間も含めた動物的な存在とは懸け離れた、瑞々しい生命感を漲らせつつも体温のようなものを感じさせない、 植物の精ならではのものと感じられたが、それは例えば常とは異なる装束の選択にも現われていたように思われる。

一方で、これも川崎能楽堂で、能を拝見し初めて間もない頃に拝見することができた「杜若」から始まって、 これまで拝見してきた香川さんがシテを勤めた演能の中における植物の精をシテとする作品の 印象は実に鮮明なものがある。のみならず、狭義での植物の精をシテとする能だけではなく、 以前、川崎能楽堂で拝見した「夕顔」は、源氏物語に取材し、その登場人物をシテとするものであったが、 シテの印象は寧ろ、その名前の由来となった夕顔の精ではないかと紛うばかりの儚げな透明感に溢れたものであったし、 客観的には疑いなく陰惨な題材を扱った「伯母捨」さえ、どこかで人間の秩序を超えた存在となって、 まるで月と同化して舞っているかのようであったし、禅竹の手になる「定家」のような哲学的な晦渋さを備え、 人間の運命をより大きな秩序から俯瞰した感のある能ですら、シテがあたかも定家葛の精であるかのように純粋で穢れなく、 人間的な心理の次元をどこかで超えてしまっていて、深々とした寂寥感を感じさせるものであった程である。 上に挙げた演能はどれも皆、清冽で、観終えてた後、日常の中で萎びかかった心が洗われ、甦るような感覚に 捉われたものだったが、今回の演能もまた、そうした印象を強く抱くような純度の高いものであった。

もちろんそれは解釈の不在を意味するものでは全くなく、隅々まで気持の行き届いた所作も謡も、 詞章の深い読みに裏打ちされたものではあるのだが、その上演の有り様は、能を人間の心理を 中心に据えた心理劇の如きものと見做すモダンな方向性ではなく、もともと能が備えていた筈の、 人間とは異なる存在に対する畏怖や人間を超えた秩序に対する感応といった、非人間的なものへの 感受性を感じさせるもので、それだけに一層より深く人間の心理の奥底の、無意識の領域に届くような 強度を帯びたもののように思われるのである。近年の個人の会での演能の充実に接しての今回の演能では、 円熟を突き抜けて可能となる自在さが、人間の尺度からすれば永遠に歳を取らないとさえ感じさせるような 純粋さや若々しさを実現していたように感じられた。

このように書いてしまえば、解釈よりは技術に、内容よりは外形的な所作に重点が置かれ、 古風で反時代的な上演と受け取られてしまい兼ねないが、決してそうではない。 そうではないどころか、舞台の上に一瞬だけ、日常を超えた何かを現出させるという点においては、 冒頭に述べたような今日のテクノロジーに優るとも劣らない先鋭さを帯びているのである。 今や感性すらも情報処理の対象となりつつあるが、一見したところ古式ゆかしく 反時代的な存在であると見做されかねない能楽が見所の心に働きかける「魔術」もまた、今後少しずつ 解明されていくのであろう。だが、もしそうなったとしても、この「六浦」の能を拝見して 経験することができた「出来事」の質は些かもその鮮明さと深みを喪うことはないであろう。

*   *   *
夢幻能の定型に忠実に、前場では称名寺に着いた都の僧の下に謎めいた雰囲気の女性が現れて、 本堂の庭の青葉の楓の由来を聞かせるのだが、最後になって彼女こそがその楓の精であることが 告げられると姿が消えてしまう。こうして筋書きを書いてしまえば、能の物語としてはありきたりの、 他方では現実離れした御伽噺の如きものと受け取られることであろう。だが舞台を拝見すれば、 それは全く自然なこととしか思えない一方で、定型に忠実でありながらも、そのありようが極めて ユニークな質を帯びていること、しかもそれが他の作品にはない確固たる質感、リアリティとでも 呼ばすにはおけないものを感じずにはいられないのである。かてて加えて、こと私の場合に限って言えば、 その印象の一部は、現実の場所の記憶の木霊であることに気づかされる。現実と仮想の空間の交錯が起きて、 かえって現実への拠り所が危うくなるかのような、眩暈に近い感覚に捉われるのである。

植物と人間との交感ということについても、しばしば「草木国土悉皆成仏」という言葉で語られる、 日本独特のアミニズムに基づいた独特の仏教観に言及されるのが常であり、実際に「六浦」も またそうした文脈に位置づけられる作品なのではあろう。だが演能を拝見するという経験が呼びおこすのは、 そうした知識よりはより具体的である意味では日常的な位相を備えた感覚である。 例えばそれは、近くの里山に在って時折足を運ぶ谷戸の一番奥まった処にひっそりと佇む巨大な樹木を、 或は冬晴れの日の午後に、或は夏の早朝に訪れた時に感じられる何かにより近いようなのだ。

人間とは全く異なった形態で、だが決して無関係にではなく、一つのバイオスフィアの 成員として自分の目前に佇む巨木。全く自分とは異なった過去を持ち、偶然に導かれてそこを自分が (ワキの僧のように)訪れることによってその存在に遭遇した、だが実際には知らぬままに同じ圏に 住まっていた筈の、自分とは全く異質の存在。動物のように周囲の状況に応じて動き回ることもなく、 だがもしかしたら私よりも遥に長い寿命を持ち、遥に多くの季節の循環の中を生き抜いていく存在。 そうした存在が自分と同様に「生きている」ということに気づく瞬間というのがあって、 それは滅多に起きることではないかも知れないけれど、何か大袈裟な天変地異や奇跡の如きものでは全くなく、 密やかで、日常的なもの、鄙びた風景の中でいつ起きても不思議はないようなものに違いない。

いや、それはお前の勝手読みだ、個人的な事情に過ぎないと言われてしまえば返す言葉はないのだが、 藤谷和歌集の冷泉為相の故事に取材した「六浦」の能は、だがその典拠を遡行した果てでは、 個別の出来事を越えて、感受性が触発される場をより普遍的な仕方で指し示しているのであって、 私の場合には偶々それが、自分の具体的な経験の記憶の中から汲み上げられると上記のような感覚に なるのでないかというように思えてならないのである。

否、それが個人的な戯言であることは認めても良かろう。それでもなおそうした経験を惹き起こした 演能を拝見したという事実は残る。そしてそれは、いつでもどこでも起きるようなものではないし、 もっと言えば、「六浦」という作品が上演されれば自動的に惹起されることが保証されているものでも なかろう。能楽の持つ呪術的、神話的な側面、人間の無意識に働きかける力は、最高度の技量と隅々まで 行き届いた解釈の賜物なのだ。その結果としてこの日の演能の最後、キリの場面で起きた事については 恐らくその場で一緒に見所に居た方々は同意してくれることであろうと思う。このような経験をもたらした 演者の方々への敬意とともに、そこで何が起きたかについて、以下に、筆の及ぶ限りで書き留めることをもって この感想の結びとしたい。

*   *   *
報恩の祈りの型から始まって、時間の流れ方が変わってしまったかのように続く序の舞も、 夜が白々と明けていくに連れて鳴り響く鐘の音とともに終わりを告げる。金沢八景は東に向けて海が 開けていて、西の方には丘陵が聳えているので、曙の光は海の方から訪れるのに対して、 西の山にはまだ月が懸っている。夜が明けるに従って、空が色彩の氾濫となる中に、海岸特有の 強い風が吹き渡ると、青葉の楓のある庭は周囲の紅葉した葉が舞い巡る色彩の饗宴と化すのである。
私はこれを比喩として語っているのでは決してない。客観的に分析すれば、それはシテの所作が 惹き起こした効果である或る種の幻覚の如きものということになるのであろうが、 演能に向きあって、自分もまたワキの僧とともに仮想の、何時とも知れぬ称名寺の庭に居る人間は、 その風を実際に肌に感じ、視界全体にぐるぐると回る色彩の氾濫を目の当たりにして眩暈に襲われた筈である。

その風が止むと、もう其処は鄙びた(架空の世界での)日常の称名寺であり、楓の精の姿は勿論、 影も形もない。ワキの僧が留拍子を踏めば、その鄙びた日常も消えて、 現実の能楽堂の舞台が目前にあるばかりである。だが先ほど見た、一時の奇跡のような色彩の 氾濫の印象は心の中に確かに残っていて、微妙に現実感がずれているのを感じつつ席を立ち、 御礼の挨拶をして能楽堂を後にする。

*   *   *
勿論、その時に見た風景は、今このように書いている時にも心の裡に容易に思い浮かべることができる。 自分の心の中に、外から何かが訪れた瞬間の経験、能がもたらす経験の印象は、そんなに簡単に 薄まるものではなく、恐らくは日常の中で無意識の裡に沈殿して埋もれてしまうことはあっても 喪われることはなく、また何かの折にふと甦ることになるもののようである。それを私自身は 十分には受けとめることが出来ず、辛うじてこのような拙い記録をしか遺せないけれど、 他の方が恐らくはそれに相応しい仕方で受けとめて下さるであろうと思う。そしてそれは 世代を超えて、これまでも続いて来たし、これからも続いていくに違いない。

もっともその存続もまた、無条件で保証されたものではあり得ないだろう。 だが、個人の無力はそのようにして補償され、人間がその歴史の中で見出した価値というものが継承されていく、 そのプロセスの中に自分もまた属しているのだ、という認識を持つことは何とも心強いことに感じられるし、 自分がわずかばかりでも、結果を受け取るだけという間接的な仕方であっても、それでも尚、 「神の衣を織る」ことに与っていると思うこと程大きな慰めはない。 それはその場限りの感動とか、個人的な嗜好の問題を超えたものであり、 自分のやり方の不十分さ、不完全さは承知の上で、それでも尚、このようにそれを証言することは、 それを受け取った者の或る種の義務の如きものである、ということを改めて強く感じずにはいられないのである。 (2016.8.6-28)

2015年9月6日日曜日

「第105回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成27年9月5日)

狂言「口真似」
シテ・山本則俊
アド・山本凛太郎
アド・若松隆


能「藤戸」
シテ・香川靖嗣
ワキ・森常好
ワキツレ・森常太郎
アイ・山本則重
後見・内田成信・佐々木多門
笛・槻宅聡
小鼓・森貴史
大鼓・柿原光博
地謡・中村邦生・長島茂・狩野了一・友枝雄人・金子敬一郎・大島輝久


川崎能楽堂での観能は久しぶりのこと、番組は狂言「口真似」と能「藤戸」で、「藤戸」と言えば、 以前同じ舞台で別の流儀で拝見したのが唯一だが、その時の山本則俊さんのアイの演技が鮮烈な印象となって残っていた。 今回は香川靖嗣さんのシテで則重さんがアイを勤め、能に先立つ狂言のシテを則俊さんが勤めるという番組で、 これは見逃すことはできないと考えて訪れたのだが、期待に違わぬ素晴らしい舞台であった。 こじんまりとした川崎の舞台は、舞台と見所の距離が小さく、囃子の響きが空気を切り裂いて直接耳に届き、 通常より少ない6人の地謡でも迫力十分、 150席程度の見所は満席。途中休憩を挟まずに約1時間40分程の間、見所もまた、開演5分前にはほぼ着席して 静寂が保たれ、その後も終演迄緊張を切らすことなく舞台に没入する充実した時間であった。

*   *   *

狂言「口真似」では冒頭、お酒を貰った主が一緒に飲むに相応しい相手を太郎冠者に探してくるように言いつけるのだが、 命じられた太郎冠者の則俊さんが、他を探すまでも無く自分がいるではないかと言うところで早速見所に笑いが広がると、 後は巧みな間合いの詞の掛け合いのリズムに乗って話が展開していく。相手に相応しい条件について無理難題を 言われて考えあぐねた太郎冠者は知己であるらしい下の町の住人を訪ねて連れて帰る。若松さん勤める住人は 酒癖は悪いらしいのだが、素面では礼儀正しいという住人が来たと知って凛太郎君勤める主が、太郎冠者に、 自分の口真似をするように命じると、その後は太郎冠者の独擅場、自分に酒を持ってくるように命じられたのを、 口真似で客である若松さんに命じ、たまりかねて主が自分を叱責するのを、「言い付けの通り」口真似で客を叱責し、 というのが繰り返される単純なつくりの話だが、これが則俊さんを中心とした山本家によって演じられると、 極上の音楽を名人の演奏で聴いているかのような印象を抱くことになる。

場面場面の転換の鮮やかさ、全体の見通しの良さ、そして、口真似をするところは単に滑稽なだけではなく、 舞台を対称的に使った所作も含めた反復の美しさを備えているのである。 口真似が惹き起こすナンセンスな状況を見ながら、それがどこまで続くのかを見所は固唾を持って見守るしかないのだが、 絶妙の間合いで繰り返される口真似が一回、もう一回とナンセンスの度合いを高めていくのは、 名人芸という外、形容する言葉が思い浮かばない。
主に引き倒された太郎冠者が、止めを刺すように口真似によって客を引き倒して、主がそうしたように自分も 舞台を去ってゆき、最後に落ちをつけるように引き倒された客人が後を追って舞台を去っていく瞬間に、 酒に呼ばれたのに訳もわからないまま小突かれ、引き倒される、客観的に見れば不条理な状況に巻き込まれた 客人の寒々しさのようなものを一瞬感じさせつつ、けれども最後までテンポよくリズミカルに作品を閉じる 手際の鮮やかさは見所に圧倒的な印象を残す。

息をつく暇も無いその音楽的と形容するのが相応しい舞台に見所も引き込まれて、拍手が起きて 舞台上が無人に戻っても見所の緊張はすぐにはほどけず、次の番組である能のお調べが聞こえてきてようやく 空気が入れ替わるような感じであった。時間にすればほんの15分程度の小品であるが、狂言の精髄を観るかの如き 充実の時間で、拝見できたのが僥倖と感じられる素晴らしい舞台であった。顧みれば以前拝見した「鎌腹」の舞台以来、 幾度と無く経験してきてはいるのだが、その度に感動を新たにし、その芸の凄味さえ感じさせる切れ味の良さに 圧倒されるのである。初見の人でもこの一番を見れば狂言が如何に奥深く、完成度の高いものであるかを知ることが できようという素晴らしい上演であった。

*   *   *

続く藤戸も冒頭の囃子とワキの謡による場面の設定がまず鮮明で、一気に作品の世界に引き込まれる。 ワキの盛綱が新領主として晴がましく藤戸に着くまでの駘蕩とし、光に満ちた春の空気が、 訴訟がある者は申出よと触れを出したあとの笛の一閃で空気がさっと変わり、 日が翳ったかのようにひんやりとしたものが舞台の上を流れ出すと、 幕が上って前シテの中年の女の登場となる。詞の上では老女となっているが、いわゆる姥ではなく、 だが面の効果も相俟って、その若さが寧ろ彼女の置かれた状況の苛酷さと憔悴の激しさを強調するかのようで、 俯き加減の面の表情は、彼女が単なる訴訟とは異なった決意を裡に秘めていることを感じさせずにはおかない。

最初は知らない振りをする盛綱も、追及の激しさに耐え切れず、 遂に自分が恩賞を受けた先陣の功と引き換えに行った非情の行為を語ることになるのだが、 ワキの森常好さんによる盛綱の心の動揺と変容の表現も明晰なら、嘆きと恨みが交替し、 悲しみに沈むかと思えば、ワキに詰め寄るようにして迫るシテの香川さん演じる女の心情の揺らめきの表現も克明で、 面が切られ、あるいは膝立ちのまま盛綱にむかってにじり寄り、最後には立ち上がって盛綱に迫って跳ね除けられて 安座してシオル型の一つ一つが、見る者の心に突き刺さってくるような鋭さを帯びているし、そのプロセスを 謡い上げる中村さん地頭の地謡も、緩急を大きくつけて心情の切迫と悲嘆の交替の激しさを感じさせて、 シテの感情を増幅して圧巻であった。

悔恨を新たにした盛綱がアイを呼んで、女を家まで送るように言いつけるとアイによる送り込みとなる。 則重さんのアイは同情に充ちた送り込みもさることながら、それ以上に、その後の盛綱への語りにおける、 身分の違いを超えて自分の気持を述べる気迫、正義感に充ち、物怖じしない堂々たる態度が印象的で、 数年前の則俊さんの、深い同情とやり場のない怒りがほとばしる裂帛の気を、今尚思い浮かべることのできる 圧倒的な送り込みとはまた異なった仕方で、見所の共感を呼びおこす素晴らしいものだったと思う。 藤戸のアイのやり方として、この山本家のやり方がどのように位置づけられるのか、知識のない私には詳らかにしないが、 いわば見所の代弁者のようにして舞台との紐帯となるこのアイの役割は、戦争状態における非戦闘員の殺害という、 決して遠い過去の物語の中でだけ起きているわけではない出来事を題材とする藤戸という能を特色づけるものとして、 更には、寧ろそうした題材がまさに今日の状況に対して強いインパクトを持つように思われるだけに、 それ抜きには考えられない程の説得力を備えたものに感じられる。

*   *   *

後場は一転して、夕闇が広がっていく中での管弦講の場面となる。囃子の表現はここでも素晴らしく、 太鼓が加わって、シテである漁夫の霊を呼び出していく。後シテの漁夫の霊は母親の年齢に対応するかのように 若く設定されていて、それだけに命を絶たれることになった彼の無念さが一層痛切に見所に伝わってくるかのようだ。

今回の上演で私が強く感じたのは、前場と後場の間に張り巡らされた連関で、 前場の母の嘆き恨みのエコーであるかのように、 漁夫の霊もまた盛綱に迫ってゆく様は、眼前には紛れもなく漁夫の霊が見えているにも関わらず、 記憶のどこかでそれが前場の光景と重なり合うかのようで、私は思わずワキがどのようにそれを受け止めているのかを 確認してしまった程であった。けれども今度は、殺害の場面を描写するのはワキの語りではなく、シテの所作であり、 圧倒的な表現力をもった地謡であって、思わず眼をそむけて天を仰ぎたくなるような鮮明さでそれは描写されるのだが、 ここでも幽かに前場でワキの語りに対して見せた前シテの母親の表情が二重写しになるのを感じずにはいられなかった。

上述のように、戦争が惹き起こす状況の非情さ、悲惨さを告発する能として、今回の演能は強い説得力を持つもの だったのだが、にも関わらず、今回の演能の圧巻はその後、後シテが恨みの頂点でワキに詰め寄ろうとした瞬間に、 まるで何かに撃たれたかのように或る種の相転移が起き、一転してシテが成仏していく、その劇的な転換に あったように感じられる。

変化する筈のない面の表情が一変し、それまで闇の中にあった舞台が一転してぼうっとした光に包まれたかのような 予期せぬ変化に私は圧倒されてしまった。勿論、詞を読めばそのようになっているのかも知れないが、聊か語弊のある 言い方を承知で言えば、この作品における成仏は、それ自体が奉納であり鎮魂である能という芸能の或る種の 約束事のようなものであり、特にこの作品の場合には形式的な結末には収まらない剰余があるという印象を 抜き難く持っていただけに、今回の演能の印象は一層圧倒的なものがあったのである。

それはシテの力量も勿論だが、まずもっては地謡の力によるものであり、またそれを支える囃子方の気迫に満ちた 演奏によるものであり、更には、前場におけるワキの心情の表出、アイのワキへの訴えといったものが、恰も背景を なすが如くに間接的に働きかけた結果なのは間違いない。仮にこの結末が能舞台の上で起きたヴァーチャルなものであると 割り切ったとしても、その力の凄まじさは圧倒的なものであって、能の上演が今尚、奉納や鎮魂といった力を 喪っていないことを目の当たりにさせられたように思うが、今回の演能はそうしたレベルを突き抜けて、 この能が扱っているような現実に対してどのように向き合うべきかについて、何か重要なものを与えてくれたように 感じられてならない。勿論それは、明確なメッセージの伝達が意図されたということではなくて、端的に優れた 上演によって浮かび上がってくるものであって、見所がそれぞれの文脈において受け止めるべきものなのだろうと思う。

年に一度二度の観能の機会しかなく、いわば万年初心者の私が、そもそもそれを充分に受け止めることが出来た筈は なかろうし、辛うじて受け止めたものすら、それを適切に言語化することが出来るとも思わないのだが、 そうした限界を承知の上で尚も強いて言うならば、ここで救いや赦しについて論ずることは一見容易に見えて、 実際にそれを実現することが如何に困難であるかということとともに、だがその困難さを正面から受け止めることの 裡にしか、救いや赦しの実現への可能性はないのだということを、頭での理解としてではなく、 全身で受け止めた実感とでも言う他にないものとして感じ取れたということであろうか。 奉納のおける鎮魂の祈りは赦しや救いに至る十分条件ではないけれど、祈り無くして赦しも救いもありはすまい。 芸能というのはそうした可能性の場を開き、見る者をそうした可能性にいざなうものなのではなかろうか。 能が持つそうした、奥深く、測り知れない力を改めて強く感じされられた観能であった。そうした得難い経験を 可能にしたシテの香川さんを初めとする演者の方々に感謝したい。

*   *   *

偶然にも私はこの半月くらいの間に、マーラー祝祭管弦楽団による「大地の歌」のコンサート、 三輪眞弘さんの「海ゆかば」の詞を題材とした作品「万葉集の一節を主題とする変奏曲」の再演、 そしてこの「藤戸」の演能と、それぞれ素晴らしい舞台に立て続けに立ち会うことができたのだが、 マーラーのコンサートはユダヤ人のホロコーストやアルメニア人ジェノサイドの記憶に関連付けられた ものであったし、三輪さんの作品ははっきりと太平洋戦争における「玉砕」と「特攻」を扱っていた。 それ以前から、戦争を知らない世代であることを自覚しつつ、太平洋戦争の回避と終結に向けての様々な人々の 苦闘の軌跡を辿り、他方でアッツ島、ペリリュー島、硫黄島、沖縄での「玉砕」を強いられた人々、 ニューギニアやビルマで直面した想像を絶する状況に立ち向かった人々、あるいは特攻に抗して戦うことを選んだ 人々の跡を辿る作業を自分なりの仕方で続けてきた。 そのせいもあってか、「藤戸」という能を「海ゆかば水漬く屍」という詞との連想抜きに拝見することが困難な 状態で私は今回の演能を拝見したのだが、そのこともまた、一層、今回の演能の最後に起きたことを何か不可能事が 実現してしまったかのような奇跡の出来として感じると同時に、そうした奇跡の起きる条件として、上記のような ことを感じることの背景となっていたかも知れない。

従って、こうした感じ方は私の個人的な文脈に基づいた主観的なものであるかも知れないけれど、 だからといって、受け止めたものの重みは聊かも減殺されることはないし、こうした受け止め方をした人間が 見所に居たということを書き留めておくことに何某かの意義がないこともあるまいと考え、客観的な観能の記録を 逸脱することを覚悟の上で、更には自分の受け止めたものの重みを担うことが自分の容量を全く超えたことで あることを認めた上で、そのことを書き留めておく次第である。(2015.9.6初稿)

2009年9月6日日曜日

「第87回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成21年9月5日)

能「夕顔」
シテ・香川靖嗣
ワキ・工藤和哉
ワキツレ・殿田謙吉
アイ・野村扇丞
後見・友枝昭世・井上真也
笛・槻宅聡
小鼓・森澤勇司
大鼓・柿原弘和
地謡・中村邦生・粟谷明生・長島茂・友枝雄人・内田成信・金子敬一郎


前回の「砧」に引き続いて、今度は川崎能楽堂での「夕顔」を拝見。ただし今度は(別にゆとりができた訳ではないが)きちんとした スケジュールに則っての観能で、心のどこかには澱のようなものが残っていはしても、前回と異なって気持ちよく見所に着くことができた。
「夕顔」は「源氏物語」に取材した能であり、謡のそこかしこに「源氏物語」のことばが織り込まれていはするものの、怪異譚的な側面を 切り捨てて、夕顔の法華経による成仏のよろこびの舞を中心に据えた、人によってはクリシェであると感じるかも知れない程に複式夢幻能の 型式に素直に収まった、すっきりとした構成を備えている。同じ題材に取材した「半蔀」に比べても一層、宗教性や透明感が勝っていて、 普通の意味での心理的な解釈を受け付けない。五条のなにがしの院とは融の大臣がかつて住まった処であるという読み込みがあるらしいが、 そういえばこの能はどこか「融」に通じる部分があるかも知れない。 (これは能が終わってから気付いたことなのだが、そうして思い起こしてみると、玉蔓にゆかりある豊後から来たという設定になっているワキの僧の工藤さんは、 以前拝見した香川さんの「融」でもやはりワキを演じられていたことに思い当たった。偶然かどうかは詳らかにしないが、「融」の時と同様、今回もまた ぴったりと役柄に填まっていたと感じられた。) 夕顔は寧ろここでは植物の精のようで、曲の雰囲気はその宗教性ともども、 精霊をシテとする蔓物に近づくかのようだ。囃方も謡もそうした曲の趣に相応しく、前半はどこか鄙びた雰囲気のある、そして後半は透明で決して 淀まない響きで非常にコヒーレンスの高い演奏だったと思う。その中で後場のシテの到着を告げる一声の笛だけは見所の隅々まで空気を圧するような 強さを湛えていたのが印象的だった。
前場、幕の向こうから声がするのをワキ僧が驚いているとシテが現れる。シテは常座で全く姿勢を変える事無く、その場所の謂われを謡う。 ワキとの問答の後、正中で着座してからは不動の姿勢の中で、謡の内容に照応するように、微かに面を照らしたり、曇らせたりすることによる 表情の変化が印象的で些かも弛緩するところがない。香川さんのシテでの前場の素晴らしさはいつものことながら、この曲のような奇を衒ったところのない作品では 一層その充実が際立つかのようで、簡潔な型で魔法のように詞通りに本当に気配を消してしまう前場の最後の部分には何時ものことながら 驚いてしまう。
しかしこの能の白眉は何といっても後場の序の舞にある。舞は僧に対する感謝の合掌で始まる。つまりこれは成仏のプロセスではなく、それが 既に成し遂げられたことに対するよろこびと感謝の舞なのだ。舞は信じがたいほどの透明感と純度の高さで、序の舞だから時間の流れはゆっくりと したものだが、その歩みは決して重たくない。寧ろためらいなく、淀みなく、だが急く事無く、溢れ出る泉の流れのように自然である。 足拍子は空間のどこかから響いてくるようだし、運びはほとんど重さというのを感じさせない。しかし何より印象的なのは、舞手の表情の穏やかな 笑みで、だから謡の詞に「夕顔の笑みの眉」とあるのを聴いて、あらためて心打たれるのである。そう、それは仏の笑みなのだ。
キリの夜明けは圧倒的である。舞台を風が吹き通り、光が満ち溢れ、その光の中にシテは溶け込んでいく。橋掛りの途中でシテは留めるが、 拍子を踏むことはない。囃子が動きを止めてからも見所も全く動かず、ワキの僧とともにシテが去ってゆくのを見送る。場内の空気の調子が 変わってしまい、すっかりと澄み切って清められたかのような印象を誰もが抱いたのではないか。見所もまたその余韻に浸り続けて動かない。 これは能ならではの本当に素晴らしい経験なのだと思う。拝見する前に心に蟠っていたものが溶けてなくなり、自分もまた新しい身体を得たかの ような気分で見所を後にすることができた。
恐らく能を観たことのない人、もっと言えば能を観たことがあっても、このような素晴らしい舞台に接した経験がない人には、私の書いた印象が (筆力不足はあって不十分ではあっても)本当に観た人間の心身に起きたことであることがわからないかも知れない。あるいはまた、冷静に そうした印象はそれ自体かりそめのもの、もっといえば仮象に過ぎない、まやかしに過ぎないとして嘲笑する人がいるかも知れない。一方で私の 様な観方は、能の持つ芸術的な、独自の美的価値をないがしろにしているという批判も考えられよう。だが私はそのいずれに対しても 反論したいとは思わない。百歩譲ってそうした人の言い分を認めてなお、私にはこのような舞台を拝見できることの意義は明らかだし、 私はこうした経験無しに「世の成り行き」をやり過ごせそうには思えないし、生憎私は、たとえそれが間違っていたとしても、そうした「世の成り行き」の 中で自分の居場所を主張するだけの生き方はできない。決して理解してもらえることはないだろうが、ともあれ私には「別の場所」が必要だし、 別の価値観の中でないと生きていけないのだ。そしてそうした私にとって香川さんの演能を拝見することは他では得難い、 かけがえのない心の糧なのだということをこの演能を拝見することで改めて確認した次第である。(2009.9.6)

2007年9月2日日曜日

「第80回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成19年9月1日)

能「弱法師」
シテ・香川靖嗣
ワキ・高井松男
アイ・吉住講
笛・松田弘之
小鼓・森澤勇司
大鼓・国川純
後見・友枝昭世・内田安信
地謡・粟谷能夫・長島茂・中村邦生・狩野了一・井上真也・友枝雄人

「弱法師」については、あまりにインパクトが強くて、言いたいことがたくさんあるのにうまく表現できないもどかしさを感じずにはいられない。 終演後、会場で、日頃お世話になっている方々にご挨拶したのだが、余韻が残ってしまっていて、気持ちの切り替えが完全には出来ずに、 何か失礼があったのではないかと気になるほどの強烈な印象が残った。
能の素晴らしい演奏というのは、見る人間の心の非常に奥底まで射通すような、ほとんど「破壊的」と呼びたくなるほどの鋭さを持っているようで、 恐らくは容易に消し去ることができないような印象が残ることがあるのだが、今回の演奏もまさにそうした力を持ったものだった。こうして書いている今でも 鮮明に「見るぞとよ」と思わず語って差し出した手の先へと踏み出す弱法師の姿が、そしてまたその数分後には転び、倒れて嘲られ、杖を折れよとばかりに地に 叩きつける姿が思い浮かぶ。そして己を恥じる素振りの哀しさもまた。勿論、それらを穏やかに冷静に思い出すことなどはできず、その時の自分の反応もまた 同時に反芻することになる。

この能の前半は、視覚を奪われた主人公に相応しく、梅の香りが印象的なのだが、今回の上演ではその香りよりも寧ろ、香りを頼りに己の袖に落ちかかる 見えない梅の花びらを見る姿が痛ましい。杖の使い方も、杖を追うようにして、けれども機敏に聴こえるものや気配に反応する動きの鋭さもまた、 そうした「見えぬものを見ようとする」主人公の意志のようなものを感じさせる。立ち上がる動作の敏捷さは特に印象的で、私は主人公の姿に或る種の 高貴さを、そして、見ようによっては不相応な驕慢さにさえ近づく矜持のようなものを感じずにはいられなかった。その顔貌もまた寧ろ超然として、まるで 気配に一心に耳を澄ますかのような風情があり、そしてそれだけに一層、その後姿には悲哀感が漂うのである。
四天王寺の由来の語りの部分もまた印象的で、坐って全く動かないシテの内面の感情がその語りとともに高まっていくのがわかる。それだけにその段の 最後に一度きり両手を胸元で重ね合わせるような所作に籠められた力に圧倒される。この部分があってこそ、あの日想観での感情の迸りが可能になるのだ。
前半、そのようにして主人公の裡に溜め込まれた力が、後半では日想観によって激しく外に向かって放たれる。「見るぞとよ」という言葉に偽りはないのだ。 彼にとっては、心の裡に広がるイメージこそが現実なのだ。父とは気づかずに交わす会話にも自信が溢れる。そのすぐ後の顛末を知る者は、その誇りと 確信に満ちた姿を見て、かえって胸がつぶれるような悲しみに捉われてしまう。
だが、今回の上演を拝見して感じたのは、転び、嘲られて現実に還った俊徳は、悔しさを、憤りを感じはしても、その現実に完全に絶望しきった わけではないのでは、ということだ。立ち上がる身のこなしの素早さも、否、伏して嘆き、怒りに震えて叩きつけられる杖の激しさも、己の姿を恥じる 姿にさえ、矜持を喪わない高貴な心が感じられるように思えてならなかった。父と再会して逃げるのも、絶望ゆえではなく、己の矜持を守るためと 感じられたのだ。それゆえ、最後で再会を喜ぶ父を残して、アイに送り込まれはするものの、決して父とともにではなく、一人舞台を去っていく姿にも、 再会の喜びではなく、しかし、自分が恃みとしてきた世界が破壊された絶望だけでもない何かが残っているように思われた。
演者がどのような解釈で演じられたのかはわからないし、私の上のような印象は正しい見方ではないかも知れないが、私には、この物語が単純な父子 再会の物語にも、あるいは一人の若者が敗退していく過程とも感じられなかった。そうした個人的なものを超えた何かが、神話的とでも言いたくなるような 象徴的なかたちで示されているように思われたのだ。
(この上演を拝見して思ったことは実は上記に尽きるものではないのだが、それらは最早、観賞の記録でもないし、作品の上演の感想ですらないもので、 私個人の文脈の拘束が強く、端的に言って極めて主観的なものであるため、[付記]として別にまとめることにした。それは上演の直接の記録としては 意味を為さないだろうが、にもかからわず、紛れも無く、この「弱法師」の上演に触発されたものには違いないのである。内容上、客観的な価値には欠けると 思うが、このようなことを考えさせるような能の上演だったのだ、という事実を残す意味で記録しておくこととする。興味がある方はご一読いただければ 幸いである。)

2番とも地謡と囃子は同じ演者なのだが、粟谷能夫さん地頭の地謡は、いつものように謡の内容を克明に浮び上がらせる解釈と、隅々までおろそかに ならない徹底したリアリゼーションが両立した素晴らしいもので、とりわけ前場における由来や縁起を語る部分の鮮やかさ、そして後場の場面の展開の 巧みさが際立っていた。特に「弱法師」における四天王寺の縁起の語りの部分の面白さは格別で、しかもそれがシテの心理的なプロセスとして日想観へと 有機的に繋がっていくことが明確に感じられた点が特に印象的だった。
これまたいつものように鮮やかに場面を定位させてしまう松田さんの笛は、特に今回、雰囲気も季節も異なる2曲を続けて聴くことができたため、 その対比が一層鋭く印象に残った。とにかくその音色の多彩さは圧倒的。国川さんの大鼓は「六浦」における鄙びた音色、そして何より「弱法師」後半の 高潮が圧倒的で、森澤さんの小鼓とともに曲調の違いに応じた表現の変化が印象に残った。 太鼓は「六浦」のみだが、この曲の太鼓は多くの太鼓物とは異なって、しなやかさ、かろやかさ、そして鄙びた雰囲気が要求される点が 特徴的だと思うのだが、金春国和さんの太鼓はそういった雰囲気が出ていたように思われる。

2番とも印象深い素晴らしい上演だったが、個人的には特に「弱法師」を拝見したのは近年にない圧倒的な経験だった。 これほどまでに心を揺さぶられる経験ができたことに対して、香川さんをはじめとする演者の方々、そして久しぶりにこの催しにお誘い いただいた方に対して感謝を申し上げたい。


[付記]:「弱法師」を見て考えたこと

能には、いわゆる「芸尽くし」のような系統の話があって、演じることの二重性が現れること自体はめずらしいことではないかも知れない、 一方で「物狂い」の系統というのもあって、この話はその両方の雰囲気を持っているように思われるが、常にはそうした枠組みをいわば「口実」として 使うことで、舞を中核とした作品が形作られていたのに対して、観世元雅作といわれるこの「弱法師」では、ベクトルは全く逆の方向を向いているようだ。 寧ろ、筋書きや物語の構造の方が「口実」で、それを通して、神話的とでもいうべき形象が象徴的な形で提示されていたように感じられたのである。
だが、本編の感想でも記したように、しばしばいわれるような父子の見かけの再会の背後にあるすれ違い、そして己の信仰を否定された若者の 絶望をそこに確認したというわけでもない。私が今回の上演で感じ取ったのは、あのような現実による手痛い否定にあってなお、俊徳のうちには 何かが決定的には損なわれずに残ったのではないかということ、矜持も誇りも、根こそぎ喪われたわけではないのでは、ということだ。否、それよりも それが最早一個人の感情や他者との関係の問題、個別的な経緯に原因をもつ状況の深刻さを超え出て、俊徳の悲劇のかたちをとって、もっと普遍的な ことがらが象徴的に表現されているように感じられたのである。

些か突飛な連想かも知れないが、この「弱法師」を拝見して、私は彼が、想像力の極限すれすれまで飛翔しつつ、「物狂い」の裡に、シンボルに よる壮大な虚の世界を創り上げる「芸術家」に限りなく近い存在であるように感じられた。要するに、ここでは逆に作品の内側から、「能」を演じたり 拝見したりすることを含めた人間の営みの方が照射され、それゆえ弱法師の「芸」や「物狂い」を単純に楽しむことは最早できないように感じられるのである。
さらにまた、偶々、ランガーの「感情と形式」を読んでいる最中であったということもあって、寧ろ彼の悲劇は、シンボルの体系の中で生き、 虚の世界を産み出すことを宿命づけられた人間という種の宿命そのものなのではないか、この作品の持つ力の大きさは、 表面上の物語における悲劇を超えた、より普遍的な宿命を浮び上がらせている点にあるのではないかとすら感じられたのである。

と同時に、日想観の部分の弱法師の姿を見て、些か突飛な連想ではあるのだが、時代も環境も異なる実在のある人物のことを思い浮かべずにはいられなかった。 その人物の名はヘルダーリン。狂気に近づきながら、見ることのない古代ギリシアの世界への憧憬のうちに、「多島海(エーゲ海)」「パトモス島」といった壮大な 詩篇を産み出した詩人。ヘルダーリンは盲目ではなかったけれど、弱法師の憧れる西方の極楽、心のうちに広がる極楽へと通じる、たくさんの島々が 浮かぶ海の風景は、現実にはギリシアを訪れたことすらなかったヘルダーリンの空想裡の古代ギリシア、エーゲ海と響きあうように思われたのだ。 勿論これは単なる連想に過ぎず、学問的な比較検討にたえるようなものでは全くない。だがしかし、一方はそれ自体虚構である物語の主人公、 もう一方は実在の人物ではあるけれど、その存在様態の一面において響きあうものを感じたのである。その純粋さゆえに、現実から残酷で苦々しい しっぺ返しを蒙ることも含めて、両者の存在の様態のある部分に通底するものを感じずにはいられない。

こんなことを考えるのは、もはや能を拝見しての感想からはあまりに逸脱してしまってるし、「弱法師」という作品の上演の感想としては不適切で、 見当外れであり、演じられた方にとっては寧ろ迷惑なことかも知れないが、見えもしないものを見えると叫んだ俊徳を嘲笑うことは私にはできないと思った。 否、私は彼の表情に侵しがたい「高貴」さすら感じたのである。
彼を嘲笑った人間だって、実は同じように「虚の世界」を持たずには生きていられず、やはり時折は現実に冷水を浴びせかけられていはしまいか。 さらにまた、終幕でアイに送込まれて橋掛かりを去っていく彼に気づいてか気づかずか、扇を開いて再会を喜ぶ父親が、彼以上に「盲目」でないと 言いうるだろうか。そもそも終幕は、父親が「昼間は他人の視線が気になるから」という理由で名乗るのを遅らせたがゆえに、夜の闇の裡にある筈なのだ。 多くの人が語るように、この結末は形式的には再会の物語であるにも関わらず、それは見かけの上、あるいは父親の意識の裡でのことに過ぎない。 そもそも讒言に耳を貸して、彼から視覚を奪ったのは、父親自身の「盲目性」のせいではなかったか。
視覚を奪われたゆえにか、見えるものには聴こえないものと会うことができた琵琶法師が、怪異の側にあるものとして怖れられ、「見ることのできる」和尚の 無意識の作為によってついには耳すら奪われてしまう耳無し芳一の物語と同様、俊徳の父親は、再会できたと思い込むことで俊徳から彼が生きるために 必要だった最後の領分すら奪ってしまうことにならなかったと誰が言えるだろうか。(「怪談」は、視覚に象徴される近代的な意識から眺めた時の展望に過ぎない。 それは夢幻能の世界とは何と異質なことか。それを思えば、観世元雅の「弱法師」には、能という形式そのものを内側から崩壊させかねない、そうした 近代的な意識の介入があると言えるのかもしれない。)

だから、後期詩篇を産み出したヘルダーリンのその後、チュービンゲンの指物師ツィンマーが提供した「塔」での長い薄明の年月が、 原因は違ったものであったとしても、ここでも再び、父と再会した俊徳のその後の運命と重なるとしても不思議はない。確かに現実には俊徳その人は 敗残し、もはや再び心の眼で「見る」ことはないのかも知れない。
だが、にも関わらず、俊徳の物語そのものは、残り、語り継がれていく、そして彼が見た「虚の世界」もまた、このような素晴らしい舞台を通じて、 何もない舞台の上で甦るのだ。「見るぞとよ」という俊徳の確信は、間違いではなかったし、それはずっとずっと平凡な私のような人間にとっても、 やはり必要となる瞬間のある何かなのだと思う。ヘルダーリンの詩篇が不滅であるように、俊徳が心の裡で紛れも無く見た夕陽の向こうにある ものも、不滅であるに違いない。俊徳は虚実を取り違えた、という冷ややかで客観的な認識は正しい。だが、俊徳のその「誤り」は、人間が 生きていくうえで避けることのできないものではないのか。だから俊徳の物語は彼個人の悲劇ではない。それは普遍的なものであり、それゆえ その姿は時代を超えて多くの人の心を打つのではなかろうか。
(この項未定稿, 2007.9.1/2/3)

2001年9月16日日曜日

「第56回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成13年9月15日)

能「杜若」
シテ・香川靖嗣
ワキ・宝生欣哉
後見・友枝昭世・長島茂
笛・槻宅聡
小鼓・森沢勇司
大鼓・佃良勝
太鼓・金春国和
地謡・塩津哲生・出雲康雅・大村定・中村邦生・金子敬一郎・大島輝久


「杜若」は3番目物。3番目物のを実演で観るのは「二人静」に続いて 2回目だが、このときのこともあり、自分の能への接し方の問題からか、 果たして3番目ものが楽しめるものかやや不安だったのだが、 結果は全くの杞憂。 成る程、こういう純度の高さというのは能ならではなのだろうと、 3番目物が能の中心にあるのに納得させられた。 前回の「阿漕」同様、最初から最後まで、シテの動きの一つ一つに釘付けに され、退屈することは全くない。杜若が一面に咲く光に満ちた水辺の 風景が、シテの動きにより具体化する。ちょっと魔術的な感じさえ受けた。 そして、風景はシテの外側のものでもあり、また内側の心象でもある。 そしてその透明で純粋な心の状態に見所の私も浸され、心の奥底 から爽やかな気が広がってくるのが感じられた。 香川さんの演じるのを観た2番の満足度はいずれも最高。 今後も機会があれば是非観てみたいと思う。

2000年6月11日日曜日

「第51回川崎市定期能」(川崎能楽堂・平成12年6月10日)

能「阿漕」
シテ・香川靖嗣
ワキ・大日方寛
アイ・三宅右近
後見・友枝昭世・狩野了一
笛・内潟慶三
小鼓・亀井俊一
大鼓・佃良勝
太鼓・金春国和
地謡・塩津哲生・大村定・中村邦生・長島茂・友枝雄人・粟谷浩之


私が能を初めて観たのは、川崎市民能での本間英孝さんの「熊坂」、 その後しばらく間が空いて、関根知孝さんが地頭の「清経」以降、 川崎市民能を続けて観たが、がっかりする回もあり、書き留めて 置きたいと思えるのは、結局、喜多流の2回になる。 川崎市民能は2番立てだが、1番毎に入れ替えなので通常1回1番 しか観ないのだが、喜多流の回は結局どちらも2番とも観た。

「阿漕」は、今まで観た中で全編を通した印象では最高の舞台。 最初から最後まで、緊張が緩むことはなく、シテの動きの一つ 一つに釘付けになった。 前半のシテの出がまず尋常でない。後で考えたら最初は漁師の 翁が出てきただけのはずなのだが、気配が普通でない。 不気味で恨めし気な気配に満ちている。謡と所作により、 克明に情景が具体化されていくのに驚いた。この舞台、 思い出しても能舞台は思い浮かばないのだ。 「繰り返し繰り返し浮きぬ沈みぬと見しよりも」のところの 憑かれたような表情、そして圧巻は「にわかに疾風吹き」の ところ。面をキルのだが、その鋭さ。今思い出しても ぞっとする。塩津さん地頭の謡の転調も凄まじく、場面の 急転の鮮やかさは忘れることができない。 明るさの変化、温度の変化、突然の恐怖、耳を覆った時の 表情には鳥肌が立った。 後半も眼前に繰り広げられる光景に驚き入るばかり、 「悪魚毒蛇となつて紅蓮大紅蓮の氷に身を傷め骨を砕けば 叫ぶ息は焦熱大焦熱の焔煙雲霧...」 最後は助けを求める叫びを残して沈んでいってしまう。 内潟慶三さんの笛、佃良勝さんの大鼓と囃子方も最高で 能の表現力の物凄さをとことん思い知ったといった感じの 一番だった。